五章 その頃一方

 


「……」


 朧は配信の切れた動画のタブを閉じ、大学の自習室から出る。

 マサの番号に電話をかけるも、出ない。


 大学内でも、至る所で騒めきが起こっていた。


 当然だ。この年頃で2人の配信に興味のない奴などいない。加えて今回のゲリラ配信は、過去に類を見ない程の壮絶さだった。

 例外なく、俺も見入ってしまった。


 講義中だろうが食事中だろうが、誰もがスマホに釘付けになった筈。


 なのに、戦闘が終わった矢先、肉片が化物になって、黒幕みたいな奴がモンスターと合体した所でブラックアウトだ。


 誰が納得出来る?ここまで視聴者を叩き落とす引きを、俺は見た事がない。


「……ふぅ」


 俺は午後の授業を受けるべく、火照った身体から熱を逃した後、大教室に向かおうとして……立ち止まった。


 正直、何であそこで配信が切れたのかは想像出来る。


 あの黒幕がモンスターを取り込んだ時点で、マサは動ける状態になかった。


 という事は、ノエルが戦う事になる。


 あいつは、躊躇いを知らない。

 相手が元々人だろうが何だろうが、必ず殺す。その瞬間を動画に映すのは、流石にヤバそうって理由だろう。


 ただノエルならそんな事も気にしなそうというのはあるが、まぁ後で聞けば良い。2人が負ける事は絶対にない。それだけは言い切れるのだから。


 そこで、周囲のひそひそ声に耳が向く。


「あれ、朧君じゃない?」   「え、嘘」   「神出鬼没で有名なのに、めっちゃレアじゃん!」   「うわ、凄いイケメン」   「私初めて見れた」   「あんた話しかけてきなさいよ」   「無理だよっ」   「写メ撮ってもらえないかな」   「あの顔でしかも1級なんだろ?」   「神様贔屓しすぎだろ」   「てかさっきの動画にコメントしてなかったか?」


「……」


 進行方向を変え、大教室から離れ――ようとした瞬間、


「あ、あのっ、次、同じ授業だよね?」


 1人の女が話しかけてきた。後ろには友達と思われる数人がソワソワと見守っている。

 流石にここでcellは、……使えないな。良い迷惑だ。


「朧君頭もいいし、ちょっと教えてくれないかなって……」


「俺サボるんで」


「え?」


 そのまま去ろうとした後を、ワラワラと同級生達がついてくる。


「ど、どこ行くの?」   「じゃああたしもサボっちゃおー!」   「朧!飯行かね⁉︎」   「おい呼び捨てはヤベェって!殺されんぞ」   「バカ、こういうのは距離詰めたほうがいいんだよ!」   「朧君私も連れてって!」   「朧飯行こうぜ‼︎」   「飯行こうぜ‼︎」   「飯‼︎」


 ……だりぃ。


 道中、教室のテレビで流れていた、ヘリからの中継が目に入る。


「――っ」


 そこには、一面花畑となった難波の様子が映れていた。……本当に、化物だな。


 思わず笑ってしまいそうになった口元を隠し、窓から飛び降りる。


「あ!」「嘘⁉︎」「マジかよ!」「あれ、いない」「どこ行った?」「消えた?」「飯⁉︎」


 Cellを発動した朧は、そのまま校門を潜る。


「……」


 無意識に昂ってしまう魔力に街行く人達が寒気を感じ、キョロキョロと辺りを見回す。



 そもそも、あんな戦いを見せられて、素直に授業受けろってのが無理な話だ。


 途轍もないスピード。途轍もない破壊力。自分との力量差を、改めて突きつけられた。


 仰ぎ尊敬していた男が、笑いながら更に遠くへと行ってしまった。


「……クスっ」


 ……こんな物を見せられて、昂らない男が何処にいる?


 もっと、もっと強くなりたい。強くなって、嫌でもあの人の眼中に入ってやる。



 朧は漲る魔力を抑えながら、特区へと足を運ぶのだった。

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