15話 前戯は終わり。
「クッソっ」
東条は民家を飛び越え、マンションを足場に跳躍、ガラスを割ってビルに滑り込み、デスクを飛ばしながら反対側から飛び出す。燃え盛るトレント林に着地し、身を隠しながら逃げ回る。
そしてそれを追うキマイラは、
「かロロロロっロロッ」
進行上に存在する遮蔽物を全てぶち壊し、6つの複眼とその他の器官で遊び相手を完璧に補足していた。
「っ、やっぱあれ燃費悪ぃな、っ、身体痛くなるしっ、使い所間違えた!っ」
纏う漆黒を電気エネルギーそのものに変換するという事は、溜めていたエネルギーを常に放出している事と同義だ。
ガス欠と引き換えに、途轍もない加速と破壊力を得る、まさに諸刃の剣。あの状態で仕留めきれないとか、誰が予想できるか。
「くそぅ、くそぅ、もうやるしかねぇ!」
覚悟を決めた東条は、炎を執拗に踏み潰して追いかけてくるキマイラに向き直る。
ガス欠になったら何をする?そうだ、燃料を入れる。燃料を入れるにはどうすればいい?
そうだ、
「――っ痛いのは嫌d――ッぶ⁉︎」
「カロァア‼︎」
大地を抉り飛ばす大木の如き前足が、両手を広げた彼の身体をくの字に曲げた。
爪が直撃した腹から胸部にかけての漆黒が吹っ飛ぶ、嘗てない一撃。
ドパァンッッ‼︎
「――ッ⁉︎カッはっ、ヤ、ベェ、いじき、飛びかげたっ」
建造物をぶち抜きながら、一瞬閃光が走った脳内を急いで覚醒させる。敵は、
「――っ」
眼前。振り下ろされる二本の脚を弾き、掴もうとする。
「っヌメる――ッ」
顔面ごと突っ込んで来たヤスリの様な歯を跳んで躱し、首に踵落としを叩き込んだ。
「ギュえっ」
地面が陥没し周囲が崩落するも、牽制にしかならない。突き出される鋭い脚を空中で身体を捻り躱した、瞬間、
「キシュシュシュッ」
「――ッ」
地面を突き破り現れた尻尾に、丸呑みにされた。薄暗い体内で急激な遠心力を感じる。
「カロッ‼︎カロッ‼︎カロッ‼︎」
「っ、っっ」
キマイラは己が傷つく事などお構いなしに、尻尾ごと東条を地面に叩きつけまくる。あまりの威力に大規模な地震が発生し、区域内にいるモンスターが外壁の外へと逃げ出そうとする。
「くぅッ」
一撃で数十枚の鎧が消し飛ぶ威力とスピードに耐えかね、東条は吸収を放出に切り替える。
漆黒が赤く染まり、体内に焦げた臭いが充満し始めた。
「ッ⁉︎カロッ⁉︎――キェエエエ⁉︎」
「っ⁉︎」
いきなり絶叫と共に体外へと吐き出され、東条自身驚く。そして回る視界の中、理解した。
――こいつの弱点は、熱か。
雷撃が効いたんじゃない。雷撃が伴う熱が効いたんだ。
体勢を立て直そうとした、
刹那、
「ガロァアアアアアッ‼︎‼︎」
ブチギレたキマイラが助走をつけ、全力で東条に体当たりをかました。
ただでさえ破壊力のある巨体が、時速数100㎞を超える速度で人間に衝突したのだ。結果など目に見えている。
「ッ、――ゴぉえッ⁉︎」
自身の骨が逝く音を耳に、東条は盛大に血飛沫を吐き空を翔ける。
……今日何度目の光景か。雲があり得ない速さで流れてゆく。風が気持ち良い。俺は鳥にでもなったのかもしれない。
そんな空の旅は、瞬きで終わる。
「っガっ…………ぶフっ………………痛てぇ、」
障害物を全て貫通し、ぶ厚い外壁を陥没させて止まる。
チラリと眼下を見れば、逃げようと集まったモンスターが自分を見て呆気に取られていた。
「……スゥぅぅ、っゲホっェホっ、こりゃ、どっか壊れたな、ゴホっ」
身体中痛む所為でどこが損傷してんのか分からねぇが、十中八九どっかの臓器がぶっ壊れてる。
「……ん?」
煩わしげにベタつく顔を拭うと、
「ハハっ、血だらけじゃねぇか!」
気付けば、流血で全身が赤く染まってしまっていた。医療従事者が見れば卒倒するくらいには赤い。
確かに今の攻撃はヤバかった。正直、ワンチャン死んでた。
「……まぁ、結果オーライ」
遠方でそこらの火災をしらみ潰しに消しているキマイラを見ながら、立ち上がった東条は草履を脱ぎ捨て、血でベタつく上半身をはだけさせる。
あの攻撃の瞬間、漆黒が弾けた音はしなかった。なのに東条はボロボロ。
理由は簡単だ。弾けた瞬間溜めたエネルギーは霧散してしまう。それは勿体無い。アレ相手だと溜めるのも一苦労。
だから彼はインパクトの直後、感覚で武装を解き、超過分を強化した生身で受けたのだ。
一歩間違えれば再起不能になっていた。
彼も人間、傷付いた身体は時間を掛けなければ戻らない。
……しかしそんなボロボロである筈の彼の顔は、心底楽しそうに歪んでいた。
「『beast』」
掌の血で髪をかき上げる東条を、再び闇が包む。
壁面に収まらなくなった身体が、モンスターの中へ落下した。
ズンッ、と着地した東条に、血だらけの彼を見ていたモンスターが飛び掛かり、噛みつき、引き裂こうとする。
……肌を刺す痛み。
……骨が軋む音。
……命をすぐ側に感じる、他では得難い高揚感。
「……やっぱ、たまにはこんくらい動かないとな」
「ギ⁉︎」「ギャンギャン⁉︎」「ガフっ、ガフ」「アギャギャギャ⁉︎」
しみじみと言う東条とは裏腹に、彼の側からモンスター達が全力で逃走を始める。
同時に上昇して行く、周囲の温度。
漆黒の豪腕と豪脚が煌々と赤く発光し、その中で小さなプロミネンスが発生する。
東条の周囲だけ大気圧が変わり陽炎が浮かび、立っているだけで地面は溶解しマグマ化し始めた。
……まさか一度の戦いで、二度の奥の手を見せるとは思わなんだ。一つずつ見せてノエルを驚かせてやろうと思ってたのに、予期せぬ大盤振る舞いだ。
「……火装……『
傲慢にも火の神の名を冠したこの男は、紅蓮の足跡を残し歩き始める。
「……さぁ、第3ラウンドといこうぜェっ」
火口の如き口から蒸気を揺らし、化物は嗤った。
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