55話 書き溜めたもの毎日投稿でいくぜ。

 


「おいっ、無事か!」


 毒島は弾き飛ばされた仲間に走り寄り、肩を貸す。


「いつつ。大将、俺はここまでのようだ。母ちゃんにありがとうって伝えてくイデデデっいてぇって⁉︎」


「片腕折れたくらいで何言ってんだお前?」


 力無く垂れ下がる腕をニギニギして痛めつける毒島は、彼の遺言を鼻で笑う。


「片腕骨折って、結構重傷じゃね?」


「光明院の前でも同じこと言えるか?」


「あ〜、確かにありゃヤバかったな!ハハハ」


「間違いねぇ!」


 カオナシにボコボコにされた後の新を思い出し、皆して爆笑する。


 ――下から響いてくる、猿共の喧騒。


 孤立した病院の屋上で、場違いにも響く溌剌とした笑い声。


 これが仲間と笑い合える、最後の時となるかもしれない。皆無意識に、それを理解していた。


 毒島はひとしきり笑った後、晴れ渡る晴天に向かって深呼吸した。


「……なぁお前ら」


「あ?」


「……楽しかったか?」


 世界が変わる前も、変わった後も、彼等は自分について来てくれた。

 そこにあるのは、自分を選んだ事への好奇と、自分を選んでくれた事への純粋な感謝だ。


「あぁ」

「勿論」

「愚問だな」

「はいっす!」

「ハハ、らしくねぇな。俺等はつまらねぇ奴にはついていかねぇぜ?今俺等が大将と一緒にいるってことは、つまりそういう事だろ」


 その応えを聞き、毒島は静かに頬を緩めた。


 ――下階から、複数の重い足音が響いてくる。


「……そうだな。俺も楽しかった。ありがとよ、お前等」


「大将がデレたぞ⁉︎不吉な事が起こる前兆だ!」


「俺、この戦いが終わったら好きな人に告白するんだ」


「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ」


「プルルルル。え、無事に生まれた⁉︎あぁよかったっ。早く見たいなぁ、俺達の子を」


「プルルルル。大丈夫、今回の任務はそんなに危険じゃないっすから。すぐ終わらせて戻るっすよ」


「何?お前等どんだけ死にたいの?因みに俺もこの戦いが終わったらプロポーズする」


 覚悟の旗を立て終えた彼等は、各々武器を手に並んだ。


 ――暗がりから、荒い息遣いと足音が迫る。


 空になった消化器を手にした毒島の顔は、死を前にとても晴れやかであった。


「ゴブルァアッ‼︎」

「ホゥァアッ‼︎」

「「「「「「――ッ」」」」」」


 破壊されたドアから飛び出す、二匹のゴリラ。

 六人の身体に力が入る。


 自分達ではゴリラ一匹、傷をつけることさへ叶わない。

 勝ち目など鼻からない。

 待っているのは確実な死。


 そんな事分かっている。


 だからと言って、諦めていい筈がない。抗わなくていい筈がない。


 俺達は死ぬその一瞬まで、俺達でなくちゃいけねぇ!


(カオナシ、俺との約束を破ったんだ。呪い殺すからな)


 ゴリラに向かって走り出す毒島は、心の中で、最後まで自分を心配していた同盟者に悪態を吐いた。


「ゥルァアッ!」「ゴルルルッ!」

「ォォオオオオっ!」


 ゴリラが拳を振り被り、毒島一派が武器を振り被る。


 六人全員が死を覚悟した、




 瞬間、




「『雷解かみとき』」




 二匹のゴリラの首が、クルクルと宙を踊った。



 六人の足元に転がってくる、驚愕を浮かべた血濡れの頭。

 その場にいた誰もが、何が起きたのかを理解出来ていなかった。


「………‥‥は?」


 毒島は口を開けて放心する。直前まで迫っていた死が、アホな顔を晒して転がっているのだ。無理も無い。


 と、そこに、


「……よぅ」


 毒島の耳が見知った声を拾った。


「――っ、まさか、朧か⁉︎」


「相変わらず五月蝿いなお前」


 キョロキョロと辺りを見回す六人を、姿だけ消した朧は煩わしそうに見る。


「何で、お前がここにっ」「久しぶりだな!」「やっぱ姿消せるんすよ!ほら、俺の言った通りでしょ!」「いいから顔見せろよ!」


「……はぁ」


 さっきまで死にかけていたというのに、緊張感のカケラも無い。


 朧は右手のマチェットを腰裏の鞘に収める。

 それは以前、東条がザリガニを惨殺した武器。別れ際、選別にと渡された物であった。


「おいっ、返事し「俺はお前等の捜索をまさに依頼されたんだよ。ここを見つけられたのは、単純に運が良かったな」


「そ、そうか」


 一方的に喋る姿の見えない知り合いに、毒島は言葉につまってしまう。

 そして朧の口から出た、まさの名前。飛ばされた後も自分達の為に動いていた事を知り、自然と笑みが漏れた。


「それで、あいつは何やってんだ?」


「……」


 朧が毒島に冷たい視線を向ける。


「あ、いや、まずは礼を言う。ありがとう」

「おう、感謝するぜ」

「ありがとな!顔出せや」


 朧は再度溜息を吐くと同時に、下階層から迫る魔力に目を細める。


「……大方ゴリラにでも襲われてるんじゃないか?まぁ、あの人なら一匹でも百匹でも変わり無いだろうけど」


「随分な信頼だな」


「……それより、お前等分かってんのか?俺が来たからって、別に安全じゃねぇぞ?」


 朧は眼下を覗き、病院の周りを守っているのが猿だけになっているのを確認する。


「ああ。俺等じゃゴリラ一匹殺せないしな」


「(残り十匹ってとこか……)俺一人じゃ、お前等全員を守るのは無理かもな(……何より、あの白衣相手に背を気にする余裕なんてない)」


 先の悍ましい光景を思い出し、朧の手が力む。


 だが、既に死を覚悟していた六人は落ち着いていた。


「分かってる。死んだ奴は捨て置いて構わない。俺等は何をすればいい?」


「……あっそ」


 六人の度胸に少し驚いた朧は、持ってきた小型のバッグを毒島に投げ渡した。


 毒島は突然現れたバッグを慌てて受け止める。


「持って来て良かった。電波妨害してる奴を殺せれば一番いいけど、念の為だ。俺が合図したらそれに火をつけろ」


「分かった。これなら俺のリュックにも入ってる。使うときは一緒にやれ」


 バッグの中身を見た毒島は頷き、片腕が使えなくなった彼に手渡した。


「それと、俺は大規模な範囲攻撃とか、強力な魔法は使えない。だからお前等全員、……囮になれ」


 命を張れ。その命令に六人が唾を飲む。

 決死の笑みを張り付けて。


「任せろ」

「こうなりゃヤケだな」

「あはは、滾るっす!」


 自分が言ったにも関わらず、躊躇いの無い了承に、朧は理解不能の目を向けた。



 すぐに全員配置につき、朧は技をメランジェからペルフェクシオンに移行する。


 前までは体表五㎝に限定されていた透過能力だが、彼はその範囲を身につけている物まで成長させた。


 加えて常時身体強化とcellを発動するという特訓によって、そのスタミナも驕っていた頃とは雲泥の差である。


 故に彼は、少しだけ昂っていた。


 久しぶりの格上。鳥肌が立つ程の相手。そんな奴に、自分の技がどこまで通用するのか。


 ――試したい。


 自分勝手な師に、どこか染まり掛けているのを自覚してしまう。


 その時、


(……来る)


 小さな入口を半壊させ、風と共に二匹のゴリラが飛び込んできた。


 二匹が標的にしたのは、当然六人。


「おら来いやクソゴリラ!」

「ブッサイクなツラしてんなお前!」


「ゴルァアア‼︎」「グルォァア‼︎」


 通じたのか否か、二匹は鬼の形相で挑発した彼等に向けて地を蹴った。


 ――眼前に迫る凶刃には、一切気づかずに。


(『雷解』)


 刹那で引き抜かれたマチェットが高圧電流を帯び、cellの中で青白く輝く。


 二匹の間を通りすぎざま横一線。


「――」「ェ――」


 舐める様に、滑る様に、慣性にしたがって獣の首はスライドした。


 数秒遅れて血を吹き上げる首無しとは裏腹に、冷色を纏う刃には血の一滴すらついていない。


「す、すげぇ……」


 文字通り目にも止まらぬ初撃で、怪物二体を斬り伏せた朧の力に、六人は目を見開き唖然とした。


 毒島は素直に羨ましく思う。

 出会った頃から凄い奴だとは感じていたが、まさかここまでだったとは。


 朧と言いカオナシと言い、人外は人外を呼び寄せる習性でもあるのだろうか?


 驚いているのも束の間、入り口から残りのゴリラがなだれ込んでくる。


 毒島一派はなるべく一箇所に固まり、標的を分散させないよう仕向けた。

 同時に朧が静かに地面を蹴る。


「ゴァアッっ――」

「アぅ――」

「ホォォ!――」


 最短で、効率的に、踊るように、青い線が数瞬遅れて赤い花を散らす。


 一人特区を回って身につけた、無音の呼吸法、足運び、体捌き、それが今、真価を発揮している。


 一撃で首を刈る快感。戸惑う敵への優越感。着実な成長に対する、自身への昂揚感。


 彼は思わず上がってしまそうになる口角を、血の臭いで必死に抑えていた。


(……来たか)


 そして相見あいまみえる、人敵。

 純粋な好奇心と悪意の塊。

 鉄臭さと春の訪れを運ぶ風に白衣を靡かせ、奴が姿を現した。

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