42話

 

「ゴブルゥァア」


 デブゴリラ将軍が猿に持ってこさせた人間を食いながら、指を振る。


 二匹のゴリラが千軸に向かって跳躍した。


「――っ」

「ゴルァア‼︎」「ホォア‼︎」


 地面を抉り飛ばす巨腕を躱し、土煙を熱波で吹き飛ばす。

 ゴリラの身体は熱さに耐え切れず燃え始めるが、猿とは違い即死する事はない。


「ゥゴアッ!」「ゴォア!」


 二匹が同時に拳を振り被る。が、


「鬱陶しい」


 腕の一振りで十本の炎槍を顕現。一瞬で滅多刺しにした。


「渡真――っ」

「隊長!」


 遠くに見える隊員に呼びかけるも、間髪入れず三匹のゴリラが千軸に飛び掛かる。


「――チっ」

「ゴルッブふぁッ」


 1ゴリラのフルスイングを潜って躱しざま、腹に手を添え内臓ごと燃やし飛ばす。


「ゴッぼァ⁉︎バファッ」


 2ゴリラの口に炎球をぶち込み、頭部ごと爆散。

「ホォァアッ‼︎っベッビュガッバっ」


 背後に回り込み拳を振り被る3ゴリラを、振り向きもせず三本の炎槍で貫いた。


 千軸は頬に飛んだ血を蒸発させながら、観客席で踏ん反り返るデブゴリラ将軍を睨みつける。


 一目で分かる強大な魔力。恐らく、あれがここの首魁だ。


 一匹ずつ増えていくゴリラに、人間を徐々に追い詰める猿ども。

 奴は人々の悲鳴を、自らの部下の死を、酒の肴として楽しんでやがる。


「下衆がッ」


 千軸は新たに襲い掛かってくる四匹のゴリラを視界に捕らえながら、その吐き気を催す精神性に怒りを滾らせた。


「ブルァッ!」

「――っ」

 途轍もない速度で飛来する二つの大コンクリート片を躱し、叩き割る。


(……学習が早いな)


 自分の能力は攻撃範囲が限定されている。故に、遠距離攻撃にめっぽう弱い。


 その弱点を数度の戦闘で見抜かれたのだ。モンスターが持っていい思考力じゃない。


(……烈界じゃ飛び道具相手に弱いし、即死もさせられない)


「ゴブルアッ!」「ホァアッ!」「フンッ!」「ゴアッ!」


 二匹が再度壁からコンクリート片を捥ぎ取り、投擲。もう二匹が千軸の背後に回り込み、腕を振り被る。


「変えるか」


 瞬間、千軸の周りから熱が霧散し、新たな世界が構築される。

 同時に、接近していたコンクリート片と二匹のゴリラの動きが、極端に遅くなった。


 まるで、水の中に囚われたかの様に。



「『溟界めいかい』」



 領域内にて、二匹のゴリラは驚愕する。先程まで自分達がいた、空気すら沸滾にえたぎる炎獄の世界は、瞬きの内に、深い深い海の底、母なる大海が支配する世界へと変わっていた。


「⁉︎ガボぼ」「(バタバタ)」


 千軸は息が吸えずに悶える二匹の口から無理やり水を流し込み、体内を滅茶苦茶に蹂躙させる。数秒も経たずして、深海を漂う水死体が二つ出来上がった。


「ゴァ?」「ホッホっ」


 投げたコンクリートと殴りかかった同胞が空中に漂う光景を見て、遠距離組二匹は首を傾げる。試しにもう二、三発投げてみるも、全て敵に届く前に止まってしまった。


 疑問に思うのも無理はないのだ。彼等からは、千軸の周りを揺蕩う水の世界など見えていないのだから。


「渡真利!報告!」

「――⁉︎ゴァア‼︎」「ブゴリァア‼︎」


 千軸は死体とコンクリを吐き出した後、二匹に背を向け猿を蹴散らし救援に走り出す。無視された二匹は鬼の形相で彼を追っかけ始めた。


「――っAMSCU三名死亡っ、傘下七名死亡っ、残り十四名!」


「民間人の被害は!」


「数え切れません!」


 暴れるゴリラを猿の大群に上手くぶつけながら、自身も数十匹単位で猿を駆除していく。

 途中、千軸は理解した。


(……成程。皆殺しにする気はさらさら無いのか)


 そもそも数千の物量で攻められてしまえば、いかに戦闘のプロと言えど為す術などない。


 猿の不自然な陣形は、人間達の恐怖を煽り、痛めつける為に組まれている。


 俯瞰して見るとよく分かる。奴らは自衛隊が抵抗できる、ギリギリのラインで攻め続けているのだ。


 人間を舐め腐っている。腸が煮えくり返る。しかし、現状その舐めた態度に助けられているのが事実。


 それを受け入れざるを得ないこの状況が、心底、


「――ッムカつくなァっ」

「⁉︎ゴブっガボァ」「⁉︎ガッハぶ」


 急停止し進路を後方に変え、地面を踏み抜き追っかけてきた二匹に突貫する。

 驚くゴリラを無理やり領域内にぶち込み、体内を蹂躙した。


 大量の猿とゴリラの水死体を吐き出す千軸に、領域に触れないよう渡真利が並ぶ。


「はぁ、はぁ、隊長、無事ですか、っ」


「ああ……」


 客席から飛び降りる五匹のゴリラを視界に入れつつ、戦う彼女の目を正面から見る。


「渡真利、恐らくこの襲撃は徐々に緩くなる。人間も三分の二が食われた。今からは防衛より生存を考えろ。隊員にも伝えてくれ」


「っそれは、そんなことっ、ッ」


「渡真利、これは命令だ」


「……了解。――ッ(クソっ)」


 怒りのまま猿を殴り殺す渡真利に背を向け、千軸はゴリラに向かって駆け出す。


 生き残れ。

 それ即ち、民間人を見捨てろということに他ならない。


 これ以上隊員が命を削って戦ったとしても、守れる数には限りがあり、その数が変わる事はない。

 数千という数を前に、自分達はあまりにも無力だ。


 なればこそ、今ここで無駄に戦力を裂く訳にはいかない。


 民間人を多少犠牲にしてでも、来るかも分からないその時に備え、戦力を残しておかなければならない。


 そしてそれは、ゴリラの全滅が前提条件。


「……自衛隊失格だな。帰れたら辞職しよ」


 そしてそれは、俺の仕事だ。

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