23話
§
ノエルは次々と消えて行く人間達を見ながら、舌打ちする。
奴等が瞬間移動してくる点は考慮に入れていたが、まさか他者をも強制的に転移させることが出来るとは。
これで人間達は完全に戦力を分断された。紛うことなき作戦失敗だ。
ノエルは飛び掛かってくる猿を串刺しにしながら、東条を探す。
(……この紙、生物にしか反応しない)
ノエルの生み出す樹木は、厳密には生物ではなく限りなくそれに近い別物だ。
それが当たっても反応しない為、敵のcellはそういう物なのか、そういう設定にされてるのか、どちらかだろうと彼女は当たりをつけた。
ノエルは大きな樹木の傘を作り、待ち合わせ場所でしゃがみ、携帯を取り出す。
少し考え、メールを一通送った。
……その時、ノエルの背負う大きなリュックの後ろに、ぺた、と紙が張り付く。
彼女は読み違えていた。
身体に触れさえしなければいいと考えていた。
では身体の定義はどこからなのか。服は?靴は?
それが自身に欠かせない延長にある限り、
この『呪い』は纏めて送還する。
「……あ」
気付いた時にはもう遅い。
そこは自分達が旅立った場所、池袋ポルカデパートの前だった。
そしてその隣で静かにトレントを食む、ベヒモスと目が合った。
§
「校舎へ走って下さい‼」
彦根は疾走しながら、降ってくる猿と紙の悉くをガラスの鞭で細切りにしていく。
彼はイヤホンに手を当て、自隊に呼びかけた。
「皆、生存者を一旦校舎に避難させて。紙には触らない様に、飛ばされるよ」
『『『了解』』』
次いでチャンネルを切り替え、隊長二人に繋ぐ。
「此方彦根。総隊長、千軸君、無事かい?」
『此方亜門ッ、今急ぎ向かってるっ。状況は!』
ピー……ザザ
「壁は爆破され、数百の猿が雪崩れ込んできました。
猿が撒く紙に触れると、強制的にどこかへ飛ばされるようです。民間人の半分はもう飛ばされました。そちらは?」
『道の壁も破壊されている!自衛隊、民間人共に生存者は見えないっ』
地面に落ちている紙っぺらを避けながら、橋から大学へ直行する亜門隊。
爆風に巻き込まれ横転した車、バラバラになった同胞、岩に圧し潰される死体、彼等は凄惨な道中に顔を顰める。
「現在加藤さんと新君達が校舎を守ってくれています。一度そこへ皆を退避させます」
ザザ……ピーザザ……
『了解。すぐ行く!……千軸隊っ、なぜ返事をしない!そちらは無事か⁉』
ピー……
「……千軸君は二陣目の輸送班でした。直接爆破に巻き込まれた可能性が高いかと」
彦根は唇を噛みながらも、冷静を装う。
反対に襲ってきた猿の頭を盛大に弾き飛ばした。
『……分かった。無線が外れているだけかもしれないが、ここからは千軸は死んだものとして考える。そちらは引き続き民間人を保護しろ』
「了解――っ」
そこまで言い終わり、彦根は迫り来るうねる炎を飛んで躱した。
睨む先には、数匹の猿と三匹の赤黒いゴリラ。
「……炎は苦手なんだけど、なっ」
彦根の放ったガラスの槍が空中で枝分かれし、猿の胸を刺し貫いた。
「ギャ⁉」「キギィア‼」
猿が抜こうとした瞬間、内側から全身に棘が生え絶命する。
(あと、三匹)
彦根は今の一瞬で三方に散ったゴリラを間接視野で確認し、半円のガラスを形成。
右から襲う濁流を受け流して、左から襲う炎を消火した。
炎を操る猿に槍を射出しようとした瞬間、
「――っ」
彦根はガラス板を空中に浮遊させ、そこに飛び乗る。
瞬き遅れて、水の飛び散った地面に電撃が走った。
現在進行形で大学内は海水により浸水を始めている。
水魔法を使える猿は刻一刻と強化され、雷魔法の脅威も比例して上がる。そして炎は依然天敵。
(……考えられてる)
彦根は猿達の異常な連携と頭脳に、関心と恐れを抱く。
「……君達は危険すぎるな」
攻撃を躱す彦根の頭上に、近場のガラスが液化し集結していく。
薄く延ばされたそれは、半径十mに丸い影を落とした。
「ゴルっ」「グゴルォ!」「ゥルゴッ」
三匹のゴリラが腕に身体強化を集中させ、頭を庇った、
「『
刹那。
ズッズン‼
という地鳴りと共に、形成された数百のガラスの弾丸が、範囲内の人間以外の生物と地面を文字通り蜂の巣にした。
コンマの内に降り注ぐ二連の凶弾。
見えても防げず。防げても次が来る。
穴だらけになった三匹のゴリラは、姿勢を変えぬまま全身から血を吹き出し倒れ伏した。
彦根はそのまま次の敵を仕留めようと動く、
その時、
背後から飛び掛かってくる気配を感じ、反射的に攻撃を放つ。
しかし、
「――ッ(人っ、子供かっ⁉)」
それは全身に紙を張り付けられた、ぐったりとした人間の子供であった。
彦根は寸前で攻撃を逸らし、その子供を放ったであろう手負いの猿を刺し貫く。
人としての感情を利用した、卑劣極まる手。
子供が自分に飛んで来るさなか、彦根は全力で頭を回す。
(猿の全てがこんな能力を使えるとは思わない。よってこの能力はノエル君の言っていたボスのモノと判断。この子が飛ばされていないのを見るに、能力はオンオフが可能。そして一枚一枚全てがボスの制御下にある。ボスを殺せば止まると仮定。この子に触れた瞬間転移が発動。この子はどうなる?発動後飛ばされた民間人と合流できる可能性あり。総隊長ならここまであと数秒で着くはず)
ガラスの壁を解き、彦根は腕を広げ、
「すぅぅ――っ加藤さん‼ここ頼みます‼」
抱き留めた。
「っえ?」
水の城壁で校舎全体を囲もうとしていた加藤が振り向いた先に、既に彦根の姿は無くなっていた。
§
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