88

 

 再び大学内にぶん投げた新を追って跳躍した東条は、建物の破片の上でよろよろと立つ彼を眼前に見据えた。


 顔は腫れ上がり、両腕は力なく垂れ、二足で立ってはいるが片足も逝っている。体内の損傷まで見れば、恐らく気を保っているのも不思議なほど。


 拙い魔力操作でこれなのだ。もしこれ程恵まれた魔力量とセンスが、嘗ての仲間達にあったら……。そんなどうしようもないたらればが、東条の顔を顰めさせる。


「……ここまでされても、謝りはしないんだな」


 幾分か冷静になったからか、戦闘中にする初めての問いかけ。


「……お、ぇは、……ぁやま、ら、ないっ」


「……そうか」


 それでいい。

 他人に否定されて曲がる程度の信念など、クソの価値すらない。その点だけで言えば、自分はこの男を見くびっていたと言える。


 しかし、それと殴らないのとは、何の関係もない。目の前のこれが動かなくなるまで、嘗ての仲間が自分の大切な場所に戻るまで、


(俺はこれを殺し続ける)


 東条が踏み込み、腕を振り被った。



 その時、



「――っ⁉……」


 全身に電流が走り、一瞬身体が硬直する。と同時に新が見えない力に引っ張られ、自分と無理矢理引き離される。


 新も何が起こったか分からず、尻餅をついた。


 東条はグッパグッパと手を動かし、虚空を睨む。


「……朧か。何のつもりだ?」


「……あんたが犯罪者になるとこなんて、見たくないですからね」


 掌に電流を纏った朧が、新を庇うように姿を現す。


「犯罪者か……、多分もうなってるな(ボソ)」


「あ?」


「何でもねぇ。いいから退け」


「……チっ(ノエルといいまさといい、頭に血が上るとこうも厄介なのか)」


 朧は不承不承と戦闘態勢に入る。


「何で姿現した?あのまま来れば良かったろ」


「誠意ですよ。あんた分かってるんですか?このままじゃtuber人生終わりますよ?」


「それは全部終わった後に、――考えればいいッ」


「――ッ‼」


 急接近し振り抜かれる拳を、朧は両手を重ね合わせ正面から受け止める。


「――痛っつぅッ!」


 一瞬身体が浮くが、数mスライドして耐える。そして彼は間髪入れず、東条に突貫した。


「――ッ冷静になれよ!あんた俺を助けてくれたろ!」


「チっ……」


 電流を纏った跳び蹴りに、一瞬と言えど、またも東条の身体が反射的な硬直を見せる。朧は空中で身体を捻り回し蹴りを放つが、片腕でガードされた。


「お前には価値があった。こいつには無い」


「建前ですね。あんたはまだ化物になり切れてない。人を殺すのに躊躇いが持てる」


「……」


「――ッ」


 東条の振り下ろした拳を、朧は地面に足をめり込ませながらも受け止める。電流を走らせ力が緩んだ一瞬で、新を掴み距離をとった。


「……ビリビリビリビリ、鬱陶しいな」


 一撃一撃に電流が乗ってくる。初めての属性に身体がまだ慣れていないのか、硬直を意識的に止めることが出来ない。


「良いのかよ?もしあんたがこいつを殺せば、ノエルはここの人間全員殺して証拠隠蔽する気だぞ」


 後ろで聞いていた新が驚愕に目を見開く。しかし東条はその考えに納得した。


「ははっ、ノエルらしいな」


「――ッ、良いってのかよっ」


 朧が突っ込み、東条の顔面にパンチをぶち込んだ。しかしあまりの手応えのなさに違和感を覚え、腕を引く。


「良いんじゃないか?ノエルがそう決めたなら、俺に文句はないさ」




「――良いわけ、ねぇだろッ‼」




「?――っ⁉」


 振り被る朧の右手と右足が消える。魔力の軌道を読むも、上手く暈されていて次の攻撃の予測ができない。


 蹴りか、拳か、


 その時、朧の消えていない股関節部分が密かに動いたのを、東条は見逃さなかった。


(回し蹴り!)


 東条は角度からインパクトを腰から下に限定し、電流を防ぐ為に魔力を集中させた。


 完璧な推測からの対処。



 しかしこの時だけは、朧の方が一枚上手だった。


「――シッ‼」

「――ッんぐ⁉」


 見えない拳骨が東条の脇腹に刺さり、電流を撒き散らす。


 朧は回し蹴りを踏み込みと身体の捻りに使い、本命の右拳を空いた脇腹に捻じ込んだのだ。


 予測の外から一撃は、少なからず東条にダメージを与えた。


 朧は間髪入れずに東条の胸倉を掴み、黒い顔を正面から睨みつける。



「お前がそれを、只の一般人を虐殺するのを、許すわけがねぇだろうが!」

「っ……」



「ノエルはお前の為に殺そうとするっ。でもお前はそれを許さないッ。ノエルはお前の指示に従う!結果どうなる!お前らは一生誰かに監視されながら、生きていくことになんだぞ‼」


 東条は朧の怒りに理由を見いだせず、その気迫に気圧される。



「あいつはお前の為なら、進んで地獄に足を突っ込むだろうよ!お前もノエルの保護者気取ってんなら、あいつの楽しみを、こんなくだらねぇ場所で奪ってんじゃねぇよ‼」

「――っ」



 東条の脳裏に、ノエルと過ごした日々が蘇る。それは嘗ての仲間達との記憶と同じくらい大事な物であって、

 何より、


 これからも更新し続けられていくものだ。


 葵獅が、佐藤が、凜が、因幡が、紗命が、此方を見て笑っている気がした。



「ありがとう」



 と。




 ――東条は天を仰ぎ、急激に冷めていく熱を、一思いに吐き出す。




「……まさか一撃食らうとは、」


「あんたが本気なら、俺は死んでますよ」


 朧は胸倉を離し、そっぽを向く。


「お前に諭されるなんてな、俺も落ちたもんだ」


「落ち切ってましたよ。反省してください」


 ようやく落ち着いた東条に、周りの人間達も近づいてくる。少し離れた所には、リュックを背負い洗濯機を引き摺ってくるノエルの姿も見える。


「でも何であそこまでして止めてくれたんだ?もしかして朧良い奴なのか?」


「あ?犯罪者に師事したなんて広まったら、有名になった時俺の株が下がるでしょ」


「ぶはっ、それもそうだな。……ありがとよ、朧」


「……クソっ」


 背中を向けて去って行く彼に、心の中でもう一度礼を言った。


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