65
――閑散とした住宅街を歩きながら、四方八方から向けられる視線を鬱陶し気に振り払う。
半端者の巣窟は、大学から二十分程のそう遠くない場所に作られていた。
人数はざっと八十くらいだろうか。
描き殴られたペイントや、乱雑に荒らされた民家から、この住宅街の一部だけ別の世界の様に感じる。
東条とノエルが歩きながらその風景を眺めていると、突然スキンヘッドの男+モブが屋根から飛び降りてきた。
「おいテメェ、誰の許可えガァッ⁉」「アぐっ⁉」「イギぃっ⁉」
そしてノエルの蔦鞭で膝を折られ早々に退場する。
グループの中でも相当腕の立つ三人が一瞬で無力化された事に、覗いていた下っ端も息を呑む。
そして引き摺られている中に自分達のボスがいることに気付き、驚愕が恐怖に変わった。
「……あ、あいつら、ノエルとカオナシじゃねぇか?」
覗いていた一人の男が声を漏らす。
「誰だそれ?」
「この前動画見せたろ!特区内を歩き回ってる化物だよっ。クソッ、俺達の事潰しに来たのか⁉こんなことなら俺も大学側に付けばよかった‼」
「何ボソボソ言ってんだ?さっさとボス助けねぇと」
「――っ俺は抜ける!」
立ち上がった男の腕をもう一人が掴む。
「は?何を、お前ボスに殺されんぞ⁉」
「知るか‼」
「あっ、おい!」
掴まれた腕を強引に振り解き、男は一目散で裏口から逃走を図った。
取り残された方は呆気にとられ、開け放たれたドアを只見つめる。
彼はまだ知らない。
男のその怯えが、如何に大切なものであったかを。
東条は呻くスキンヘッドの上に座り、澄み渡る空を見上げる。
「……なぁ、お前等のグループ、男しかいねぇな?」
「ぐぅう、どきやがれっ、クソがぁッ」
見える範囲の半端者の中には、女性が一人としていない。
想像などしたくもないが、脳裏にちらつくのは先の泣きじゃくる女学生だ。
「攫った女性、どうしてんだ?」
「テメェに関係ねぇだろッ‼」
スキンヘッドが空いた拳に渾身の炎を纏わせ、東条の脇腹に一撃をぶち込んだ。
ゼロ距離で爆発する炎の威力は、人一人殺すのには充分すぎる。
腹は焼け爛れ、風穴が開いているに違いない。
ニヤリと笑うスキンヘッドはしかし、
「……まぁ、関係ないんだけどさ」
「なっ、ガッ⁉」
焦げどころか、目新しい傷が一切ついていない素肌に驚愕。と同時に頭部を掴まれ、そのまま持ち上げられる。
そんな下半身をバタつかせるスキンヘッドに対して、東条はコートに燃え移った火を片手ではたきながら、学生達と別れた時のことを思い出していた。
ジャンパーを貸した彼女が、自分に頼んできたのだ。
――「きっとあいつ等のアジトには、私達よりも酷い目にあっている女性が沢山います。
お願いです。もしそんな人がいたら、助けてあげてください!お願いしますっ」
と。
自分は優しい人間が嫌いなわけではない。寧ろ好きだし、尊敬すらする。
只関わり合いになりたくないというだけだ。
今しがた悪意に晒されて、まだ恐怖が抜けきっていないだろうに。
彼女の泣き腫らした瞳には、他者を思いやる力強さが見て取れた。
単純だ。
要するに、自分は彼女に感化されたのだ。
さしもの自分でさえ、ここで契約だの依頼だのを抜かす気にはなれなかった。
そもそも自ら首を突っ込んだ事案。最後まで面倒を見るというのは、道理であろう。
「可愛い子の頼みだぜ?断れないでしょ」
「グッ、ガぁあああああ⁉わがっだッ、おじえる‼おじえるがら‼」
重機に頭を挟まれている様な感覚に、スキンヘッドが悶絶する。
頭蓋がミシミシと嫌な音を立て始めたところで、彼は必死に声を絞り出し許しを請うた。
「わりぃわりぃ、随分掴みやすい頭してたからよ。それで?案内してくれんだよな?」
「はぁはぁ、……はい」
上機嫌でスキンヘッドの背中を叩く黒い顔の男の不気味さに、彼は勿論、見ている者達でさえ何も言うことが出来なかった。
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