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 こんな世界になる前の朧は、常にニコニコとし、他人の為に率先して動く、社会的模範生徒だった。


 親の期待に笑顔で答え、

 友の頼みは断らず、

 相談には親身になり、

 大して親しくない人間ともすぐに打ち解け合う。


 そんな誰もに好かれる完璧超人、それが朧 正宗だった。


 彼もそれを当然と思い、その生き方こそが正解であると信じていた。


 しかし同時に、心のどこかでは常に息苦しさを感じていた。


 自分を殺し、

 他人が作る雰囲気に溶け、

 空気に溶け、

 感情に溶ける。


 そこに自分は在るのか。

 生きていると言えるのか。

 人生とは何か。

 自分とは何か。


 そんな命題が、彼を日々蝕んでいった。



 そして来たる、十二月二十四日。彼は答えに出会う。


 突如溢れ出るモンスター。

 パニックになる渋谷駅周辺。

 食い殺される人間達。

 そんな中に、彼も数人の友達といた。


 必死に逃げ惑う中、彼は段差に躓き転倒してしまう。


「助けて」


 そう手を伸ばした先には、


 只々遠ざかる、の背中があった。


 気付いていない?そんなはずがない。

 手を伸ばした時、確かに目が合ったのだから。


 彼は唖然としながら振り返る。


 自分を見下ろす、狼の群れ。



 瞬間、彼の中の重しが消えた。同時に、彼という物質が、存在しながらもこの世から消える。



 一瞬にして知覚から外れた彼に狼は驚くが、消えた存在よりも見える存在。すぐに獲物を切り替え、前を走る人間達に飛び掛かった。




 ――叫びながら食われていく、友達だった者達。


 朧はそんな光景をすぐ後ろから見ながら、理解した。


 結局人とは、自分か他人かで分けられる。

 そこには決して交わらぬ境界がり、関与できない領域がある。

 結局彼等も、只の友達他人でしかなかったのだ。


 彼は決めた。

 他人の為に生きるのはやめよう。これからは自分自身の為に生きよう、と。


 自分こそが中心に考えるべき存在であって、他人とは人生においての脇役でしかない。

 なれば自分らしく、好きなように生きよう、と。


 他者に溶け込みながらも、自由に生きる。

 そのどちらもが、自分を形作る本質。


 そんなある種の矛盾こそが、この能力を生んだのだ。



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