56

 

「い~にお~い」


「おまた~」


 ノエルが鼻をひくつかせ、臭いに釣られてゆらゆらと寄ってくる。


「ワニのステーキだ。塩胡椒で味付けした」


 テーブルに置かれた朧の作品に、ノエルの目が輝く。


 シンプルながらも、味付け、火加減共に絶妙な塩梅で調理されたワニ肉は、純白の輝きを纏い、ダイヤモンドの如き存在感を放っていた。


「おぉぉおっ。朧見直した!褒めて使わす」


「……どーも」


 満更でもない朧が、顔を逸らして頬を掻く。


 そんな彼を薄く笑い、東条は大皿をサーブする。


「おいおい忘れてもらっちゃぁ困るなあ!」


「こ、これは!」


「メインディッシュ、テナガエビザリガニのフリット。夢と希望を添えて。でございます」


「なんと!」


(名前だけ大層だな……)


 荒々しい見た目に、荒々しい香り。自然をそのまま形にしたような食事だがしかし、先の宝石と比べては、やはり聊か劣ってしまう。


 そこで東条は、ある物を懐から取り出した。


「ご覧あれ」


 瓶からつままれた塩が、東条の肘を滑り落ちていく。


 只の塩、されど塩。その様は正に、荒野に降り注ぐ恵みの雨。

 美しき天の祝福に、ノエルは見惚れ、朧は呆れた。


「料理とはエンターテインメントである。さぁ、召し上がれ(……決まった)」


 ノエルの前に、二つの皿が揃う。


 彼女はまず、ワニのステーキを口に運んだ。


「うみゃい!うみゃい!」


「当たり前だ」


 次いで素揚げに齧りつく。


「うもい!うもい!」


「光栄の極み」


 腕を組む朧が、ノエルに質問する。


「どっちが美味かった?」


「技術は朧、演出はまさ。味は美味い。同点!」


 ノエルらしい採点に、彼は額を抑える。


「……腑に落ちねぇ」


「まぁまぁ、君もよく頑張ったさ。俺等も食べようじゃないか」


「……はい」


 何故か得意げな東条に促され、朧も渋々と席に着くのであった。



 ――「どーよモンスターの味は?(モグモグ)」


「普通にいけます(モグモグ)」


「ん。外国間の渡航ができなくなった今、食料自給率の低い日本には朗報。こっちでも金稼げそう(ハムハム)」


「でも人間殺そうとする生物だぜ?養殖して大量生産とか無理だろ(モグモグ)」


「じゃあ朧やって(ハムハム)」


「やって」


「嫌ですよ。てかあんたらずっと金ですね」


「金がなきゃ人生楽しめないからな」


「な(ハムハム)」


「それは分かりますけど……」


「強い奴程稼げるようになってくだろうし、俺としては嬉しいね。

 ……そーいや朧って必殺技とか考える?(モグモグ)」


「いきなりなんですか……一応考えますけど(モグモグ)」


「意外〜(ハムハム)」


「良いでしょ別に、」


「教えて教えて!」


「嫌ですよっ」


「恥ずかしがんなよ~。何語?漢字?英語?」


「……フランス語です」


「クゥ~ッやってんな!」


「やってんな(ハムハム)」


「――っ煩いっ。ノエルのロゼだってフランス語だろ!あんたはどうなんだよ?」


「……俺だって必殺技欲しいんだよ」


「な、え?泣いてんの?」


「よしよし(ハムハム)」


 涙を流す東条を、べたべたの手でよしよしするノエル。


 その姿を朧が鼻で笑う。


「まぁ確かに、まさの能力って殴る蹴るだけだし、真っ黒パンチとかでいいんじゃないか?」


「んだこの野郎っ。お前だってボッチの極みみたいな能力しやがって!どうせ友達いないだろ!」


「ここから出たら女誘って旅行でも行くかな」


「キィィィィイイイッ」


「よしよし(ハムハム)」


 悔しさからエビを貪り食う東条が可笑しくて、つい朧の口角も上がってしまう。


(……ボッチの極み、か。言い得て妙だな)


 朧は正直なところ、自分の『透過』が何に由来しているのか見当がついていた。


 彼が考えるに、この力の性質は『透かす』のではなく、『溶け合う』。


 嘗ての自分の在り方が、この能力を生んだのだ。

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