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「あんた等の動画、最近視聴者爆増してよくフリーズすんだよ。アクセスすらできねぇこともある。知ってたか?」


「え、そうなの?」


 初耳だ。ノエルを見ると、真剣な顔をして席に座り直している。どうやら本当らしい。

 自分もそっと席に座った。


「続けて」


「あんた等の動画、内容はスゲェと思うが、正直サイト重すぎて見るのにクソ時間かかんだよ。

 加えて殆どカットしてねぇだろ?

 飛ばさずに見るとしたら丸二日かかるなんてざらだぜ?」


 何だその面倒臭すぎる動画は。視聴者はよくそんなの見れるな。


「そのせいであんた等の動画じゃなくて、無断でアップされてんだろう纏め動画しか見ねぇ奴もいる。

 これはあんた等にとっても大きな損失だと思うぜ?」


 ノエルの眉間に僅かに皺が寄る。


 彼女を悔しめる二つの要因。

 一つは毒島の言っている事が図星だった件。

 もう一つは、侮っていた相手の言葉を、いつの間にか待っている自分がいるという事実。


「で、結局何が言いたい?」


 ノエルの言葉に毒島がにやりと笑う。


「俺が持ってるカードは、それを解消できる人間とのパイプだ。そいつに頼めば契約金もなしに話纏まると思うぜ。

 悪い話じゃねぇと思うが?」


「……」


 確かに悪い話ではない。話を聞くに、今後必ず解決しなければならない問題だ。


 しかし言い換えれば、それは今後でも間に合うという事。


「ここを出る」という彼の発言から、行き先は安全地帯、特区の外だという事が容易に判断できる。


 動画の改善とそこまでの護衛だと、やはり天秤にかけるまでもないのが現実。


「まだ行ってない場所もあるからなぁ。やっぱ行き先を指定されんのは面白くねぇな」


 今回この場所に来たことで分かったのだ。狭い区域内でも、全く違う景色が見れるということを。


 冒険と称しておいてそれを見逃す事などできない。


 ノエルも同じ意見なようで、背凭れに背中を預けている。


 交渉も終わりかに思えたが、結局この問題に戻ってくるのを見越していた毒島は、指を上げある提案をした。


「そこで考えたんだがよ、あんた等が特区を出るのに合わせて、俺達もそれについていくってのはどうだ?

 動画を見るに、池袋から文京区を通って千代田区に、そっから青山に行って、直線でここまで来たろ」


「あ、ああ」


「残りは精々港区らへんと、新宿周辺だろ。

 見る事に意味があるのは分かるけどよ、正直あんた等が好きそうな所あんまねぇぜ?東京タワーくらいじゃねぇか?

 港区は俺達が捜索し尽くしてるし、俺も元は新宿から来たからよく知ってる」


「……えー」


 盛大なネタバレをくらった様な感覚に、毒島をジト目で睨む。


「そもそもよ、人間がいなくなった首都なんて行くとこ限られてんだろ」


「「……むー」」


 又もや図星。二人の顔に悔しさが滲む。


 人がいなくなってしまえば、本当に美味い飯も、映画も、ショッピングも、カラオケも、その殆どを楽しむことができない。


 特区の北から南まで、一週間足らずで来れてしまったのには、偏に娯楽の激減が上げられるのだ。


「あと一週間くらいあれば、特区を充分楽しめると思うぜ。

 その後に俺達を連れてってくれれば構わないからよ。……特区を楽しむとか意味分かんねぇな」


 爆笑する毒島の提案に、二人は唸る。


 正直、


「……断る理由がねぇ」


「ん」


「お、それじゃあ」


 東条はもう一度彼を見る。

 ギャルっ子がバカだと言っていたが、この男、本当はとても賢いのではないだろうか。


「どうするノエル?」


「ん。問題ない。契約成立」


「よっしゃあ‼」


 全力でガッツポーズをする毒島に苦笑が漏れる。


 さて、交渉事も終わったことだし、今度は此方の聞きたいことをいくつか聞くとしよう。


「俺から何個か質問いいか?」


「いいぜ」


「俺等がここに来てから一日で、ここまでの段取りを考えたのか?」


 だとした相当なものだが、


「んなわけねぇだろ」


 毒島は笑ってそれを否定した。


「大学回ってる時点で、あんた等がここに来るのは予想がついてたからな。

 めっちゃ研究したぜ?何か使えるもんがねぇか、ここの人間の職業も調べまくったからな」


「そりゃスゲェ。……ってことは動画の件の人もここにいんのか」


「おうよ」


 成程。だから契約金を無しにできるというわけか。


 毒島は『俺達』と言うだけで明確な人員を指定しなかった。その人も助けなければならない人間の一人というわけだ。


 流石にここの人間全員などとは言わないと信じたいが、彼はどちらかというと自分に似た性格を持っていると、会話の節々から感じ取れた。

 だからあまり心配していない。


「俺は大して頭も良くねぇし、この世界になって強くもなくなっちまったからな。ちゃんと準備しねぇとテメェの命も守れねぇ。

 さっき喋った言葉も、全部事前に考えて暗記した定型文だぜ」


 彼は笑うが、それは途轍もなく凄いことだ。

 結果的に自分達は、彼の用意した掌の上でころころと転がされていたという事なのだから。


「ぶすじー見直した。髪の色変だけど」


「あ?ありがとよ!カッケェだろうが!おいやめろ‼」


 彼はノエルに上から目線で頭を撫でられ、案の定ブチ切れる。


「次の質問だけど」


「おう」


 髪をぼさぼさにされた毒島が此方を向く。


「お前、身体強化使えてるだろ」


 そんな彼に、東条は一番聞きたかった質問をぶつけた。


 一瞬驚いた毒島だが、凶悪な顔面を歪め嬉しそうに前のめりになる。


「見ただけで分かんのかよ‼やっぱスゲェなおい!」


 東条は迫ってきた彼の顏を押しのけ続ける。


「そりゃどうも。

 俺が感じれる範囲じゃ連れの中にも数人、微妙に魔力纏える奴がいるようだけど、身体強化ってレベルまで完成してんのは、大学内にお前含めて二人だけだな」


「そこまで分かんのか……」


「疑問なのはよ、何でそれをここのトップと共有しないのかってことよ。

 強化使えるもう一人は新と同じポジションにいる奴みたいだし、お前等も新とか嶺二が知っていた方が安全だろ」


 毒島が自分の弱さを知る人間なら、守ってくれる人間は強い方がいいだろうし、新と関りが深そうな朧という奴が教えていないのも不思議だ。


 東条のその質問に毒島は少し考え、苛立たし気に空を見た。


「……教えたところで、結局あいつはザコ共の為にその力を使うだろうな。そんで俺にもその手伝いをさせんだ。「君は強い。皆を一緒に守ろう」ってよ。


 反吐が出るっ。


 自分が他とは違うって分かってっから、上から目線で手差し伸べられんだろ。

 そんな強ぇなら別に俺が手貸す必要もねぇ、勝手に弱者守ってろって話だ」


 吐き捨てる毒島に、東条は理解する。要するに、


「……ただの嫌がらせか」


 単純に仕事が増えるのが嫌だ。

 新とその周辺が気にくわない。

 という、何とも拍子抜けする理由。


「人聞き悪ぃな。嫌いな人間にとっておきの秘密教える奴なんていねぇだろ?」


「確かに」


 自分を中心に置く毒島と、他人を中心に置く新とでは、反りが合わないのは明白である。


 それにこの大学に留まっている間は、自らのアドバンテージを捨てる必要はあまりない。

 何せ周りのモンスターが弱いのだから。


 欲求には正直に、思考は放棄せず。

 裏表のない彼の性格は、実に好感が持てる。


 東条は用意された茶を一口飲み、菓子をつまんだ。


「そっちはまぁ分かった。んで朧って何者よ」


 魔力に慣れ親しんだ自分やノエルをもってしても、その実力が測れなかった男。


 ただ、存在感というか圧迫感は、大学内でも頭一つ抜けていると感じた。


 毒島は笑って答える。


「俺がこの場所であんた等の次に尊敬してる男さ!

 光明院とか春谷みたいな紛い物じゃねぇ、マジで強ぇ奴だよ」


 東条は聊かビックリする。毒島がそこまで言うとは、相当凄い使い手なのだろうか。


「そんなに強いのか?属性は?」


「んあ?」


 そんな東条の質問に首を傾げた彼だが、数秒後「あぁ」と一人納得した。


「違ぇ違ぇ、確かに武力的にも強ぇが、俺が尊敬する強ぇ奴ってのは


『命に躊躇いなく優先順位をつけれる』


 奴のことだぜ?」


「……あぁー。なるほど」


 東条自身色々な人間に会ってきたが、その『強さ』を持った者は数えるほどしかいなかった。


 紗命、佐藤、葵獅、あと若葉さんに、ヤクザの三人も多分そうだろう。最後にノエル。

 パッと思いつく限りこれしかいない。


 あの否が応でも命の軽さを再確認させられる激戦区にあって、これだけなのだ。


 言ってしまえば箍が外れた人間達。

 彼もそんな中で生き残った一人だということか。


「じゃあそいつに安全圏まで連れてってもらえばよかったくね?」


 その提案に毒島は首を振る。


「あいつ自分以外の人間に興味ねぇから。引き受けたとして、途中で囮にされんのがおちだろ」


「……マジかよ」


 どれだけ冷酷な男なのか。会ってみたいと思う反面、なんだか怖くなってきた。



 話も一段落つき、ノエルが再び船を漕ぎだした頃、


「剛毅っ、新と嶺二の野郎が来たぞ」


 見張りをしていた部下の一人がドアを開いた。毒島はそれを聞いて伸びを一つ。


「うしっ。それじゃあノエル、まさ、俺はテメェとこいつ等を守れりゃそれでいい。

 宜しく頼むぜっ」


「んー」


「あいよ。動画の件頼むぜ?」


「任せろ‼」


 ニヤリと笑い合う二人は、契約の証にガッチリと手を組み合わせた。

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