38

 

 暗さを増す橙色の空の下、大体育館の中から外にかけて長蛇の列が伸びる。

 食事を受け取った人達は、思い思いの場所で夕食を口にしている。


 土壁の上に座り、外を眺める東条の手にも、今しがた賄われたレトルトのカレーと白米がある。


「けっこー豪華だな」


「ん」


 彼女のシュパシュパと動くスプーンの先には、既に無くなりかけている今日の夕食。ノエルは最後の一口を飲み込むと、物欲しそうに東条のカレーを見つめた。


「……あげねーよ?」


「けち」


 いつ作ったのか、即席の釣り竿で釣りをするノエルの横で、彼が足をぶらつかせながら静かにカレーを食んでいると、


「どうやって上ったんだ?」


 後ろから、新が胡桃と共に歩いてきた。


「気合」


「流石まさだ」


 胡桃が壁に階段を作り、ノエルの横に座る。その横に新も座った。


「釣りですか?」


「ん」


「何か釣れましたか?」


「全然。胡桃餌になって」


「嫌ですよ⁉」


 驚きつつも生餌になることを拒否した胡桃の顔は、乾いた笑みを浮かべ段々と曇っていく。


「……やはり足りませんか?」


「ん。足りない」


 ノエルの素直な意見に、彼女の表情に更に影が差す。


 助けられた者達の殆どは、まだ感謝が不安や理不尽さ、無力感に勝っている。

 しかしそれが当たり前になった最近、安心と安全の隙間から人の欲が漏れだすことが多くなっていた。


 その中で最も顕著に表れているのが、言わずもがな、食欲。


 自分がもっと頑張れば……。自分に力が足りないから……。


 優しすぎるが故に、彼女は避けられない切先問題を自らに向ける。



 新も隣で寂し気な笑みを浮かべているから、どうせ同じようなことを考えているのだろう。まったく、揃いもそろってこのカップルは。


 東条は溜息を吐いた。


「辛気臭い顔上げて、飯食ってる奴等見てみな。お前等って、この為に頑張ってるんじゃねぇの?」


 東条にその感情は分からないが、彼は、佐藤は、確かにその為だけに生きていた。



 顔を上げ後ろを向く二人の目に、明かりに照らされる笑顔が、談笑が、暗闇を抜けて飛び込んでくる。


 冷たい血溜まりの中で、強く輝き温かく燃える場所。そんな自分達の目指した光景が、眼前に広がっていた。


 遠くから手を振る少女に、二人は慌てて手を振り返す。


「お前等凄ぇぜ?こんなに沢山の命、守り抜いてきたんだからよ。


 ……人間誰だって見返りを求める、そういう風にできてんだ。お前等だって例外じゃねぇ。

 勝手にあいつ等助けんなら、勝手に対価貰っちまいな。


 お前等が求める報酬は、随分安いみたいだからな」


 二人の脳裏に、先の少女の笑顔が浮かぶ。新が苦笑し、胡桃が涙を拭った。


「為せなかった事ではなく、成したことに目を向けろ、か。……いいな」


 星を見上げる彼はとても絵になる。

 そんな彼に東条は唾を吐き、湧いてくる自分が並べた言葉の恥ずかしさにむず痒くなっていた。


「……(じー)」


「……なんだよ」


 ニヤニヤと此方を見てくるノエルを睨みつける。


「カッコイーなーって」


「はっ、知ってるわ」


 恥ずかしがるのも癪だ、とわざと強がって見せるも、その声音は若干上ずっている。


 ガラにもない事はするべきじゃないな、と胸中で反省した。


 しかし、


「はい。カッコよかったです」


「ああ。カッコよかったな」


 二人がノエルに続き、東条の羞恥心を抉る。


「やめれやめれ」


「いえ!本当に!」


「恥ずかしいんじゃぁ」


 東条の頭を漆黒が包んでいく。


「……私、感動したんです。人の為に言葉を紡ぐのって、こんなにも美しいんだって。

 私もまささんみたいに、もっと皆を笑顔にできるよう頑張ります。励ましてくれて、ありがとうございます!」


 ……何故だろう。


 何故イケメンや美女がカッコイイ恥ずかしい言葉を言うと、ちゃんとカッコよくなるのだろうか。


「俺も感謝するよまさ。有難う」


「へいへい」


 この世の不条理さに、天を仰いだ。

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