32

 


「あ、人。わぷっ」


「はい俺の勝ちっ。あ?ほんとだ」


 空中でノエルを袋に詰めた東条は、吹き抜けを飛び越え、そのまま三階の手すりにへばりつく。


 眼下には、目を丸くして此方を見上げる三人の男女がいた。


(んー。……あれ?身体強化してないのかあいつら)


 身体強化を使う者に対しては、全身を覆う様な凝縮した魔力の気配を感じ取れる。


 今まで会って会話してきた人は皆鎧を着ていたが、彼等のそれは例えるならTシャツだ。

 魔力を帯びていないゴブリの一撃ですら危うい。


(魔力量は多いのに、勿体ない)


 バットと女もそれなりに多いが、何より先頭のクソったれイケメンが突出している。


 キュクロプスや紅には届かないまでも、快人よりあるのではなかろうか?


 しかしまあ、そもそも身体強化自体常識というわけではない。


 ヤクザ三人組の様に勘で出来る者もいれば、自分や快人の様にロマンから到達する者もいる。

 彼等にはその両方が無かったというだけだ。


 そんなことを考えながら三人を見定めていると、


「一度下りてきてくれないかっ?話がしたい!」


 クソったれイケメンが声を張り上げた。


 別に断る理由はないし、とジャンプして彼等の前に降り立つ。


 目を丸くして驚愕する三人に、ちょっぴり優越感が湧き上がってしまう。


「初めまして。まさと言います」


「これは丁寧に、俺は新と言います。

 単刀直入に言いますが、その袋に入った少女を開放していただきたい」


「……?」


 よく見れば、クソったれイケメンの新の顔は怒りと警戒に尖っている。

 後ろの二人も似たようなもの。


 東条は何故かと考えるも、すぐに思い至った。

 あの一部始終を見ていれば、女児誘拐犯と間違われても仕方ない。


「ああ大丈夫ですよ。こいつ俺の相棒なんで」


「……信じられるわけがないだろう」


「えぇ……」


 説得を試みるも、返ってきたのは不審者への拒絶。

 もしや面倒臭いタイプの人間か?と眉間に皺が寄るも、


「そんな格好で女子を追いかける奴が、まともなはずがないっ!」


「……忘れてた」


 次の言葉で全てを理解した。


 前言撤回、この男は正常だ。まともな価値観を持っている。


「返す言葉も無いわ。おいノエル、お前もそろそろ出てこい。このままじゃ逮捕されちまう」


 自分での説明を諦めた東条は、袋の中で今の状況を楽しんでいる彼女に助けを求める。


 すると、もぞもぞと袋が蠢き、


「ぷはっ」


 首とカメラだけの奇怪な生物が顔を出した。


「問題ない。ノエルはこの変態の相棒。鬼ごっこしてた。カメラ撮って良い?」


「え、あぁ、カメラ?……いいけど、え?」


 怒涛の説明と質問に、新も何とか食いつく。

 そこで何かを思い出したのか、ふ、と彼の目が二人を交互に見た。


「……ノエルに白髪に、カメラって、まさか」


「配信者のお二方ですか⁉こんな所でお会いできるなんて」


「ってことはあんたカオナシさんか?そんな趣味だったのか」


 三人同時に驚きの声を上げる。

 彼等のコロニーの中でも、二人の動画は多くの者が見ていたのだ。


「ん?ちょい待て。これはこいつに着せられたんだ。断じて俺の趣味じゃない」


「あ、ああ。分かった」


 そこだけは何としても理解してもらわなければ。今後の尊厳に関わる。


 迫る髭面に、流石の嶺二もたじろいだ。


「あとカオナシさんって何だ?俺の事か?」


 初めて聞く名前に疑問が浮かぶが、そこはノエルが説明してくれた。


「まさいつも顔隠してるから、カオナシさんって呼ばれてる」


「あーなるほど。……結構いいじゃん」


 アーアー言いながら手から金塊を出すことはできないが、呼びやすいし親しみやすいあだ名だと思う。


「すみませんでした。先程は失礼なことをいってしまいました」


 頭を下げる新に、東条は笑って手を振る。


「いやいや止めて下さい。悪いの確実にこっちですから、視聴者に叩かれてしまいます」


「そう言って貰えると助かります」


 甘いマスクで許しを請う美丈夫。照れ笑いもイケメンだなー、と無心に思う東条であった。

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