25



 彼等の朝は早い。


 戦闘職以外にローテーションで回ってくる食事当番は、周りが起き出す前に目を覚まし、自主的に炊き出しを用意する。


 殆どがレトルトなのでそれ程の手間はかからないが、量がバカにならないためサボってはいられない。


 そうして食事の用意ができた頃、皆がぽつぽつと起き始める。


 一日に二度しかない、貴重な栄養補給の時間だ。


「どうぞー」


「ありがとうねぇ」


「どうぞー」


「あざす」


「どうぞー」


「ありがとうは?」


「ありがと」


「はーい」


「どうぞー」


「……ちッ、少ねぇな」


「……あ?」


 人の数が多くなればなるほど、そこに溜まる不満や欲は大きくなる。


 死と隣り合わせのコロニーの中で、いざこざが起きないはずがないのだ。


 小声でぼやいた高年男性に、配給係のギャルが食ってかかる。


「何だよおっさん、いらないなら返してくんない?他の人にあげるから」


「誰もいらないなんて言ってないだろ」


 二人の言い合いに周りの視線が集まる。


「取ってきてくれる人達に感謝も出来ないような奴が、これに手を付ける資格はないよ」


「「「そーだそーだ」」」


「ちっ」


 女性の怖い所はその数だ。一人を怒らせると、もれなく仲間もついてくる。まるで狼。獣の群れだ。


「っ何を偉そうに、お前達も大したことは何もやってないだろ。女は黙ってろ」


「うわー、典型的男尊女卑の老害じゃん。話す価値無いわ」


 嘲笑するギャルの態度に、高年の頭に血が上る。


「そもそも戦闘職だかなんだか知らないがっ、外に行けるならもっと持ってこれるだろっ。どうせつまみ食いでもしてんだろーよ」


「おいおっさん、それくらいにしとけよ」


 高年に声を掛けたのは、配給食を持った青年の集団。この場所で戦闘を担っている者達の一部だ。


 他の者と比べても、健康的な見た目をしている。

 高年男性は彼等の配給量を見て、更に顔を顰める。


「ほら見ろっ、俺達と比べて明らかに多いじゃないか!」


「今に始まったことじゃないだろ。それにこっちは命掛けてんだ。これくらいの贔屓許してもらわなきゃやってらんねぇぞ」


「俺達の命なんてどうでもいいってか!」


「……守ってもらってる分際で、うるせぇな」


「「「――っ」」」


 青年から魔力が放たれる。


 彼の魔力は、快人や東条は勿論、快人の下についていた中年等よりも稚拙、矮小であったがしかし、その圧に全員が押し黙り、息を呑んだ。


 幾分か重くなった空気に、体育館中が静寂に包まれる中、


「おいおい、どうした」


 食事を貰う為訪れた嶺二の声が響く。その姿を見た青年は慌てて魔力を引っ込めた。


「このおっさんが飯が少ねぇって喚いてんだよ」


 金属バットを担ぐ嶺二に射竦められた高年は、精一杯その目を睨み返す。


「そうか。なら勝手に外行っていいぞ。新には俺から言っといてやる」


「――っそんなの「無理だろ?なら無駄な体力使うな。お前のくだらねぇ一言で周りの人間が不安になんだよ」


「っちッ」


 嶺二はは舌打ちを残して去って行く高年の背中に溜息を吐く。


「お前等も、皆を下に見る様な発言はするなよ?」


「……ああ、悪かった。カッとなっちまった」


 後に漂う気まずさと不安の残香に、嶺二は頭を掻いた。


「……まぁ、気持ちは分かるけどよ」


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