3話
――時速百二十㎞
「なんか凄い足音する!」
「ギア上げろ‼速ぇぞ‼」
ノエルは自分の踏み込める最大までアクセルを押しこむ。片足をピンと伸ばした現状、もうブレーキは掛けられない。
エンジン音を轟かせ、一瞬は引き離すがしかし、
「コゲッ‼」
「追いつくかよ!」
強靭な脚力で大跳躍した鶏は、そのまま東条に回し蹴りを喰らわした。
腕を武装し防いだ彼は、そのまま掴もうとし、
「――ッ⁉」
横から首に迫る影を反射的にしゃがんで躱す。
「ケっケっケっコゲェェェ」
「シャァァア」
地面に着地した鶏は、涼しい顔をして百㎞越えの車に追走してくる。
そしてその尻から鎌首を擡げる、一匹の大蛇。
牙からは紫色の毒が滴り、瞳孔が彼を映す。
「……コカトリスってやつか」
伝説に登場する、雄鶏の怪物。
東条は全身を武装し、臨戦態勢に入った。
「来いや」
「ゲェェエッ‼」
再び跳躍したコカトリスに狙いを定め、半歩足を引き、構え、
「あ⁉」
そのまま頭上を飛び越していく巨体に虚を付かれる。
装甲車の前方に着地したコカトリスは限界まで右脚を引き、
「コゲェアッ‼」「「――ッ⁉」」
弾き出す様に全力の前蹴り放った。
轟音を上げひしゃげ吹き飛ぶ鉄塊。宙を舞うそれは、最早車としての原形を留めていない。
蹴られる瞬間全身の武装を解除した東条は、反動でそのままコカトリスに向かって突っ込んでいく。
(っぶねぇッ!)「シャァギャっ」
空中で身体を捻り、迫る毒牙を紙一重で躱す。
次いで、カッコいいからと腰に装着しておいたマチェットを抜刀。
振り抜き、大蛇の首を切り飛ばした。
鮮血が飛び散る中、しかしコカトリスは動じず、軸足で一回転。たったそれだけの動きで、東条の顔面に己の蹴りの軌道をドンピシャで合わせた。
風を切り裂き迫る旋風脚に瞠目。
咄嗟に左腕を曲げ頭を庇い、右手でそれを支える。
「ゲガァッ‼」「――ッグ、ぉ――ッ――
衝突。
一瞬の抵抗も許されず、直角の線を描き、東条はトレントをへし折りながら森の中へと消えた。
「あいたた……くない?」
大破した装甲車から転がり出るノエルは、自分の身体に傷一つついていないことに驚く。
そして、辛うじてぶら下がっているサイドミラーに映ったモノにさらに驚いた。
そこにはただ一つ、黒い球体が在った。
それも次の瞬間には霧散し、しっかりと自分の姿が映る。
「……まさ」
傷ついていない自分。切断された蛇。木々の折れた痕。
「……ちょっとはしゃぎ過ぎた。反省」
あの蹴りを喰らえば、自分とて無傷では済まなかっただろう。しかし重症にはならなかったはずだ。それなのに、
……あの男の自分に対する優しさを忘れていた。
「あぁまさ。まさとの思い出は忘れない。……たぶん」
追悼の言葉を述べ、雄叫びを上げる鶏に視線を移す。
「お前は食い殺す」
「コゲッ」
コカトリスが再び脚に力を込め、ノエルが大地に魔力を送る。
その時、途轍もない速度で驀進する物体を、両者同時に感じ取った。
場所は勿論、彼が飛んでいったその奥だ。
瞬間ノエルは、硬質な土棘として創っていた魔素を柔軟な蔦植物に変換。気を取られたコカトリスの脚を捕えた。
「コッゲ⁉」
突如生えてきた植物。暴れながら引き千切るがしかし、
その数舜の隙は、命を懸けるには些か長すぎる。
「――ッテェだろぅがゴラァッ‼」
「――ッ⁉コゲョぼギャッ――
全身武装済みの東条が、大地を駆り瞬きの内に肉薄。勢いそのまま、お返しとばかりに渾身の回し蹴りを放った。
胸部に命中した剛脚は、バキバキバキバキッと豪快な音を立て生命を破壊。
自分がされたのと同じように、反対の森に巨体を蹴り飛ばした。
後に残るのは、先とは比較にならない森林破壊の痕跡である。
「まさ、生きてた」
「たりめぇだろ。勝手に殺すな」
痺れる左腕を振り、漆黒を解く。
「あれ今日のおやつにする」
「あ⁉本気か?お前は大丈夫かも知らんが、食えんのかあれ」
「大丈夫。まさもとっくにこっち側」
「そりゃどういう意味だ」
モンスターに囲まれるのには慣れてしまったが、モンスターになった覚えはない。
東条はノエルの髪をわしゃわしゃして抗議する。……が、
「……まぁ見た目鶏だし、いけっか」
「ん」
その考えがモンスター染みているということに、彼が気付くことはない。
ぶっ飛んでいった昼飯を探しに、彼等は歩を進めるのだった。
「まさ」
「あ?」
「守ってくれてありがと」
「……ははっ。女性を守るのは紳士の務めですよ」
「褒めて使わす」
「そりゃどーも」
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