第123話


 

「やっぱ殆どいないな」


 練り歩くも、檻や柵はどれも木々によって壊され、本来の動物の姿は無い。


 加えてモンスターの姿も見えない。

 理由は単純、


「あの兄弟が強すぎる。皆怯えて近づかない」


 先の二種は、東条からしても出会った中で二位と四位に入るほどのヤバさだ。


 彼等の放つ魔力は、生半可なモンスターが近づくことを許さない。




 ――そんな二人は西園を抜け、東園に行く為林の中の長い橋を歩いていく。


「……」


「……」


 しかし次第に口数は減り、霧雨が葉を打つ音が静寂を際立たせていた。


 ……二人は気付いたのだ。


 入園前に感じていた圧倒的な気配は、あの二種のものではない。


 あの二種の様な、凶暴で、攻撃的な殺気ではない。


 もっと雄大で、静かで、堂々たるものだ。


「ノエル」


「ん」


 乗せられる手をしっかりと握り返し、纏めて全身を漆黒で覆った。


 万が一があっても、絶対に離さないように。


 ……この先にいるのだ。その存在が。


 二人の肌を、緊張と興奮が走る。



 只のモンスターの気配なら、そこに必ず敵意と恐怖が付き纏う。


 今感じている程の魔力にそれが付随していたなら、二人して迷わず逃げただろう。


 しかしこの先に待つモンスターからは、それが一切感じられない。


 東条が入口で不思議な感覚に襲われたのも、全く敵意のない魔力に晒されるのが初めてだったからだ。


 あそこで大丈夫と思ってしまった時点で、何か普通とは違うモノがいることを察するべきだった。


 他者の感情すら麻痺させるほどの、超常的存在。


 ……ただ、危険でないと分かったら分かったで、彼等の探求心は抑えられなかっただろうが。



 ――林道を抜け、薄霧にけぶる遠方が段々と姿を現していく。


 一歩進むごとに汗に湿る掌。


 好奇心と緊張に加速する心臓。


 ――眼前が開け、遂に、『それ』は彼等の前にその威容を晒した。



「……」


「……わぁ」




 ――『それ』は、正に山であった。




 体高二十m。

 全長四十m。

 皮膚は苔や岩、樹木に覆われ殆ど見えないが、所々から白い唐草模様の肌が覗いている。


 頭部に生える二対の牙は猛々しく。


 三本の長い鼻が、ゆっくりとトレントを毟っては口の中に運んでいた。


「……象」


「象、ではないな」


 デカすぎて初めは建物だと思っていたくらいだ。


 ただ、真に特異なのはそのデカさではない。


 辺りに充満し溶け込む、自然そのものと言っても過言ではない程の、どこか優しく、落ち着く魔力の息吹。


 彼等が今失禁せず二足で立っていられるのも、その包み込むような安心感のおかげだ。


 現に東条やノエルをして、力量の差が測れない。


 目の前の存在が、自身と隔絶している何よりの証拠である。


 すぐに去るべきか思案していると、……ふ、と小さな瞳が此方を向くのを感じた。


「「――っ……」」


 二人の身体がビクリ、と固まる。


「……動くなよノエル、勝てる気がしねぇ。あとカメラ下ろせ(ボソッ)」


「ん」


 ゆっくりと近づいてくる鼻に最大の警戒を当て、ノエルを自身の後ろに隠す。


 三本の長大な鼻が東条を嗅ぎ、


「――っ」


 最後に、雨粒が吹き飛ぶ程の鼻息をかけて、遠ざかって行った。


 巨象はゆっくりと身体を動かし、西へ向かってこれまたゆっくりと歩き出す。


 足元は地面につける直前で泥濘化し、持ち上げた瞬間に元の固さに戻っていた。


 成程、道理で地響きが撒き散らされないわけだ。


 雨と霧と共に去って行くその後ろ姿を、彼等は一㎜も動かずに見送った。





「ふ~~~……上には上がいるもんだな」


 緊張が解けた東条は、漆黒を霧散させ地面にぶっ倒れた。


 随分強くなったつもりでいたが、やはりつもりでしかなかったらしい。


 あんなもの、人間にどうこう出来る存在ではない。


「でも怖くはなかった」


「ぅぐっ。……確かにな」


 彼の上にぶっ倒れるノエルは、今しがた味わった不思議な感覚を噛み締める。


 どこか懐かしく、どこか無視できないこの感覚を……。


「名前は付けないんか?」


 東条の質問に思考が逸れる。


「…………ベヒモス」


「ベヒモス」


「息子を捨てたことを悔いた、ミノス王の末路。地を割り、迷宮を崩し、自我の無くなった三兄弟を天に帰した。

 その後国一つ滅ぼしてポセイドンに退治される。伝説でミノを倒したとされるテセウスは、実は父本人」


「知られざる真実。泣く子も黙るバッドエンド」


 満足気な顔で終幕とするノエルを、東条は半眼で見つめる。


 ……ずっと思っていたのだが、この小娘はもしかしたら、脳内おままごとをしているのではなかろうか。


 脚本がままごと通り越して伝説に食い込んでいるが、家庭内の話と言えば確かにミノス家の揉め事だ。


 知能と年齢が滅茶苦茶な彼女だが、見た目だけで見ればそういうことが好きな年頃でもおかしくない。


 落ちは可愛らしさの欠片もないバッドエンドに過ぎるが、偏った知識を詰め込み過ぎた弊害かもしれない。


 東条は己の指導方針を悔い、ノエルの頭を優しく撫でた。


「……もっと女の子らしくなろうな」


「……なんかムカつく。ノエルは可愛い」


「ぐおっ、がっ、分かった分かった。いでっ、洒落にならんっ」


 胸で暴れる彼女を、笑いながら宥める東条であった。





 §





 ――「……何だこれは」


 二人が去った後のネカフェ内。

 快人は自室のパソコンの画面を睨みつけ、止めどない怒りからマウスを握り潰した。


 放たれる魔力がコップを倒し、施設内の人間はその圧に必死に耐える。


「か、かい、と。怖い」


「……ごめんキララ。今は抑えられそうにない」


 大事にしていた女よりも、今は身を焼く怒りが勝る。


 ロングコートを羽織った彼は、ドアを開け、叫ぶ。


「β隊‼今すぐここに来いッ‼」


 自分を裏切った四人。彼等はもう味方ではない。正真正銘『敵』だ。


 一人取り残されたキララは、恐る恐る快人が見ていた動画を再生する。


 ――そこには、笑い転げる先の二人と、日本全国から快人に向けられた非難と嘲笑のコメントが並んでいた。





 §



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