第93話

 


 ――「ふ~、くったくった。ごちそーさま」


「おう」


 身体の殆どが胃袋なのではないかと疑う量を平らげた彼女は、腹をさすって満足気に店を出た。


 帰り道、コートをずって歩く後ろ姿を、東条は黙って見つめる。


「……なぁ、服見に行くか?」


「ん?これでもいいけど」


「動き辛ぇだろ」


「……確かに」


 彼女は余った袖を持ち上げ、言われてみれば邪魔だと頷く。


「行くか」


「ん」


 次の目的地を決めた彼等は、スポーツ用品店へと足を向けた。





 ――「適当に選び」


「ん」


 子供用売り場へ、トテトテと走って行く彼女を見届ける。


 椅子に座って休もうとし……、一度漆黒を解き、自分の着ているボロボロの服を見た。


(……この際だから俺も変えるかな)


 思えば、洗濯はしているものの、握り潰された時からずっと同じ服を着ている。


 彼としては常時服を着ている様なものなので、二、三日裸でも問題ないのも要因ではある。


 東条は服を脱ぎながら商品を物色し、遅めの衣替えの準備を始めた。



 ――数十分後。



「まさー、まさー!」


「なんじゃい」


 試着室から顔だけ出した彼女が、大声で東条を呼びつける。


「そこ座って」


 試着室前に一つ置かれた丸椅子。

 東条は言われるがまま腰を下ろした。


「いくよ」


「おう」


「じゃーん」


「おー、似合ってるじゃん」


 飛び出した彼女が身につけているのは、白の上下インナー、白の半袖、白の短パン、白のランニングシューズ。


「ファッションもクソもないけどな」


「えっへん」


「まぁ褒めてはいる」


 全身白コーデなど、余程自分に自信がある者か、選ばれた美形以外に出来るものではない。


 目の前の蛇は直感でそれを分かっているのか、それとも自覚してやっているのか、どちらにしても性質が悪い。


「まさのも見せて」


「あ?」


「着替えてたでしょ」


 どうやらバレていたらしい。


「しゃーねーな。俺のセンスに酔いしれな」


 漆黒をパッ、と霧散させ、新しいコーデを見せつける。


 黒の上下インナー、黒の半袖、黒の短パン、黒のランニングシューズ。


 ……ファッションもクソの欠片もない。


 彼女は自分の服と彼の服を見比べ、一言。


「……似た者同士」


「YEAH~」

「YEAH~」


 拳を合わせた。



「ジャケットは山岳用から選ぼうぜ」


「なんで?」


「耐水、耐寒、耐熱、どれをとってもトップクラス。おまけに頑丈」


「でもお高いんでしょ?」


「それがなんと、今だけ全品無料ただ!盗り放題セール!」


「わーい」


 商品に向かって走り出す彼女に、一つだけアドバイス。


「なるべく高いやつから選べよー」


「おけー」


 庶民感丸出しの泥棒は、高級品を片っ端から物色していった。



 ――そして最終的に手に取った物。


 自分達が選んだものを、お互いに見せ合う。


「……それお前にはデカいだろ」


「いいの」


 真っ黒のジャンパーに、真っ白のジャンパー。

 面白味など微塵もない。最早ユーモアを殺しにかかっている。


「メーカーは?」


「ラムート」


「……同じく」


 腕に刻印された子羊のロゴが、どこか悲しく見えるのは気のせいか。


 予定調和にも思える結末に、東条は最後の勝負に出る。


「値段は?」


「十五万」


「十三万」


「勝った」


「くっそ……」


 何が『勝った』なのかは果たして永遠の謎ではあるが、彼等の反応を見る限り、それは大事なことなのだろう。


 しげしげとジャンパーに腕を通そうとする東条を、しかし彼女が止めた。


「これとこれ、交換」


「ん?なにゆえ?」


「白黒白黒、面白い」


 自分と彼を交互に指さし、ジャンパーを渡してくる。


 黒い服に、白いジャンパー。白い服に、黒いジャンパー。確かに、


「いいな」


「ん」


 最後の最後にユーモアを見せつけた彼女は、黒のジャンパーをバサリと羽織った。


 腰部分が膝下まで来てしまっているが、ずってはいないので良しとする。


 ――くるりと回ってピースを決める。


 何より、彼女が喜んでいるのだからこれでいいのだ。




「まさそれ消して」


 帰り際、彼女が怒った顔で東条の漆黒を指さす。


「何でよ」


「せっかく選んだのにつまんない」


「んー、でもいきなり襲われたら」


「ここら辺でまさに勝てる奴なんていない」


「……ったく、これで良いか?」


 頭部以外を霧散させ、先の服が見えるよう調節する。


 消すには意識しないといけないのだ。面倒極まりないが、彼女が煩そうなので従っておく。


「頭は?」


「流石に守っておきたいだろ」


「むー、表情見えない」


「俺はいつだってニコニコだよ」


「きしょっ」


「んだとこの野郎」


 ギャーギャーと言い合いながら、彼等は家路に就いた。

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