第90話

 



 ――五日後。



 仲良くソファーに寝っ転がり、X tubeを見る二人。


 プロ顔負けの豆ラップを聞いていると、サッ、とリモコンが盗られスイーツ紹介にチャンネルが変わった。


「な、お前勝手に変えんなよ!」


「『ケーキ 食べたい』」


「しゃーねーだろ、ここらの全部腐って食われちまってたんだから。あとチャンネル戻せ」


「シュルル『うるさい』」


「……いい度胸だな。お前今日飯抜きな」


「シュルル『ごめんなさい』」


「許す」


 今や彼女は日本語を完璧に覚え、ペンと画用紙で会話すら可能とする。


 控えめに言っても、モンスターの域を軽く超えていた。






 §






 テレビを付けっぱなしにしたまま寝る東条の横で、彼女はいつも通り本をペラペラと捲る。


 今読んでいるのは、人体構造の書かれた医学書だ。


 最早彼に教えられることは何一つなくなってしまったのが現状。


 勉強は一人でこなし、二人ではもっぱらボードゲームをするのが日課となっている。

 あれは頭を使うから楽しいのだ。



「……シュルル」


 彼との生活は楽しい。


 モンスターや人間を殺して食うだけの日々より、この数日間の方がよっぽど充実している。


 様々な知識を得る機会をくれた事に、感謝もしている。


 気紛れだったが、ここに来て本当に良かった。



 ……ただ、不満なことがたった一つだけある。


 ――彼女は自分の身体を見つめ、もう一度医学書に写る人体に目を落とした。


 この身体では、人間の文化を全身で享受することが出来ない。


 目の前にあるのに、触れることも出来るのに、手が無い、脚が無いという理由で諦めざるを得ない事実。


 彼女にはそれが我慢ならなかった。




 ……だから、


 ――彼女は本をパタンと閉じ、背筋を伸ばす。


 ……無いなら、望み焦がれればいい。


 ……無いなら、創ってしまえばいい。


 ……無いなら、変えてしまえばいい。





 自分自身を。





 彼女の身体が発光し、原子レベルで分解、再構築が始まる。


 三mあった身体はみるみる小さくなり、百㎝程度に収まる。


 光が落ち着き、徐々に露わになるその姿。


 純白の長髪。


 雪の様に柔らかく、儚げな肢体。


 高貴な美しさを孕む、真紫の双眸。


 その上にちょこんと乗っかる、丸眉。



 ――彼女はぐっぱぐっぱと新しい身体を確かめ、成功に頬を緩める。


「……あ、あー。あめんぼあかいなあいうえお。うきもにこえびもおよいでる」


 今まで出来なかった発声練習も難なくクリアし、嬉しさにピョンピョンと飛び跳ねた。

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