二章  満たす白 からっぽの黒

第87話

 


『現段階で判明している、東京での死傷者数は――』




 ピっ




『主にネットを中心に呼ばれている、魔法という超常の力ですが、モンスターへの新たな対抗策として研究が――』




 ピっ




『今日の天気は晴れ――』




 ピっ




『自衛隊の活躍により、全国各地の被災地は徐々に回復の傾向にあると――』




 ピピっ




『ブンブン、ハローX tube、どーもGIRAKINです。

 世界を襲った大災害の傷は、一か月以上経った今でも、私達の居場所を脅かし続けています。

 今日の動画の概要欄にも、募金サイトのリンクを貼っておきます。皆さん一人一人の力で、この日本を救いましょう!

 こんな時だからこそ、今の自分に出来ることを。

 ……さて、今日の企画は?最近ハマってる慈善活動、トップスリ~~――』




 ――明るいチャンネル音が響く、あるデパートの電化製品売り場。


 八十五インチのテレビが一台だけ稼働し、その前にソファーが置かれている。


 天井を貫き下に伸びる無数の根が、やけに物寂しい空間を紛らわせていた。



「……便所」


 ボソりと呟いたこの空間の、いや、この建物の主は、辺りに散らばるゴミや空き缶を踏み潰し、のそのそと立ち上がる。


 全身に漆黒を纏う、人の形をした何か。

 他人が見れば、モンスターなのかと疑う様相。


 彼は下腹部に感じる便意の赴くまま、便所に歩を進めた。



 ――「……ふぅ」


 用を済ませた彼は、鏡の前に立ち手を洗い、顔を洗う。


「……」


 生え放題な髭。


 濃いクマ。


 長く伸びて目にかかる髪。


 部分的にはだけた漆黒の下、鏡に映る自分は、いつもと変わらず酷い顔をしていた。




 あの後、成長した木々に囲まれて目を覚ました東条は、僅かな希望に縋りデパート内を探し回った。


 諦めきれずに同じ場所を何度何度も回り、目についたモンスターは皆殺しにした。


 一日、二日と同じことを繰り返し、そしてようやく理解した。



 生き残ったのは、自分だけなのだ、と。



 それからはただただ自堕落に生活を送っている。


 別に好きでもない酒を飲み、感情をぼやけさせる毎日。





 ……冒険に夢焦がれていた彼は、もう、ここにはいない。





 再び漆黒を纏った東条は、久しぶりに屋上へと足を向けた。



 ――壊れた扉を潜ると、鬱蒼と茂る緑が目に飛び込んでくる。


 穴だらけになった地面は、張り巡らされた根によって修繕されている。


 鼻を抜ける心地い風を感じながら、中央を目指す。


 一人になった彼に、唯一最後まで寄り添っていた者。


「……よっ」


 周りの木々が遠慮するように開けた場所、十mを超すマイホームが、天高く蒼穹に手を伸ばしていた。



 別に話すでもない。愚痴を言うでもない。

 ただ根元に寝っ転がり、日向ぼっこをする。


 晴れた日の何気ない習慣だが、こうしていると落ち着くのだ。


 ……東条はポケットを漁り、割れた菊のブローチを取り出す。



 太陽に翳し、その光に目を窄めた。

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