第79話
よく見れば戦闘服には幾つも血痕が付き、血の臭いを漂わせている。
「はっ。我々が相対したのは、既存の動物に似た生物、小型の人型生物、昆虫型生物、鳥型の生物など、種類に規則性はありませんでした。
加えて個々で行動しているモノが多く、統率形態も無いと思われます」
「手こずるか?」
「いえ、銃火器で容易に殺傷できます。ただ、非常に凶暴で人間を見ると襲ってきます。武器を持っていない状況ですと、我々でも対処できない場合があるかと」
「……それほどか」
皇居に避難した民が皆軽少なのにも納得がいった。
要するに、モンスターと邂逅した者は軒並み殺されているのだ。
「奴らの目的は分かるか?」
「……恐らく、目的はありません。奴らは只狩をし、食料を確保しているだけなのだと思われます」
部屋にいた人間達の顔が歪む。
長い事忘れていた、被捕食者としての立場。
自分達が直面している状況は、まさにそれなのだと理解した。
「それと、皆様に見てもらいたいモノが」
一人が端末を取り出し、机の上に置く。
そこに映っていたのは、例のドブ色の球体であった。
「……何だこれは」
「私の班が六本木駅周辺で見つけた物体です。……見ていて下さい」
「「「……――っ⁉」」
一拍の後、ボトボトと数十匹の似た形の異形が生まれ落ち、そして球体は消えた。
悍ましい光景に絶句し、そして確信する。
「……あれが根源か」
「恐らく。しかし次どこに現れるのか予測できません」
「……分かった。引き続きお前達はモンスターの駆除、及び周辺の情報を集めてくれ。生き残っている民間人がいたら保護も頼む」
「「「「はっ」」」」
岩国は一息つき、一度切り替え姿勢を正す。
「それでは……傾聴ッ‼」
元々引き締まっている空気が、さらに引き締まった。
「貴様らは今っ、冗談抜きで国一つ背負っていることを忘れるなッ‼
貴様らの一角が崩れた時、それはこの国が滅びる時だッ‼
死んでも守り抜けッ‼そして絶対に死ぬなッ‼
我が国を踏み荒らしているあのクソ共にっ、一歩たりともこの地を踏ませるなッ‼
我が国の強さを、恐ろしさをっ、奴らに見せてやれッ‼頼んだぞッ‼」
「「「「はッ‼」」」」
岩国の渾身の激励により、隊長達の士気はマックスになる。
隊長達だけではない、その場にいた国の重役達にも、その意思は伝播した。
「行けっ」
「失礼いたしますっ」
力強い迷彩柄の背中を、彼等は全幅の信頼を胸に見送った。
§
場所は六本木ビルズ。大量のモンスターの進行に瞬く間に館内は蹂躙され、食いつくした奴らは次の獲物を求め殆どが出ていった後だった。
連続した銃声の後、屋上のドアが開け放たれる。
「……クリア」
「クリア」
「クリア」
夜の闇に溶け込む、四つの黒迷彩。
彼等は特戦群・南方調査隊・(
「よし、俺達の仕事は遠方からの偵察兼援護。加えて先の球体の再出現を見張ることだ。
睡眠は一人ずつとる。以上」
「「「了解」」」
僅か数十分で地上五十四階の超高層ビルを占拠した四人は、スナイパーライフルを片手に各々配置についた。
――「……酷い景色ですね」
元来夜景というのは、人々の営みの光を愛でるもの。営みを破壊する炎を見るものではない。
「あぁ。だが本当に恐ろしいのはそこじゃない」
「……静かすぎる」
「……あぁ」
初動から五時間と少し。その間に、人々が逃げ惑う、泣き叫ぶ声はピタリとやんだ。
赤々とした夜に響くのは、都会に似つかわしくない獣の遠吠え。
何のことは無い。この短時間で、一般人は隠れるか食われるかの二択を、強制的に選択させられたのだ。
それは、首都から人間が追いやられたことに他ならない。
「……これからどうなるんですかね」
「バカ野郎、その為に俺らがいるんだろ」
弱気な後輩のスコープを軽く叩く。
そう、彼等には真に日本最強足り得る実力があるのだ。できない事の方が少ないというもの。
「そうですね。すんません」
「おう」
再び眼下に目をやり、人のいなくなった街を望遠した。
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