第58話

 

「マジで何だったんだ?」


「ふふっ、おもろい人達やろ?」


「どちらかと言うと怖かったな」


 説明の無さがエヴァQのヴィレと比肩するレベルである。あれから何を読み取れと言うのか。



 ――とりあえず理解できない彼等の事は忘れ、食事を済ませて席を立った。


「んじゃ中行ってくるわ」


「もう?えらい早いなぁ」


 いつもなら、これから二人で能力の練習や他愛のない会話をして過ごすのだが……。

 紗命の名残り惜し気な表情に後ろ髪を引かれる。


「悪いな。何かまた突っかかってきそうな雰囲気がプンプンしてよ……」


 離れてからもずっと自分の背中に浴びせられている殺意に嘆息する。


「昼頃には一旦帰ってくるから」


「分かった。待ってるなぁ」


「おう」


 一時の別れを告げ、数歩進んだところで足を止める。


「……今の会話、夫婦っぽかったな」


「ふふっ、奇遇やなぁ。うちもおんなじこと思うとった」


 二人してニカッと口角を上げた。


 三バカが聞いていたら血を吐いて悶絶しそうな会話を平然とし、東条はその場を去った。








 ――身体を動かしていると、時間の流れは早いものだ。


 時計の針は午後一時を指している。


 後から合流した葵獅との模擬戦闘を中断し、水分補給がてら瓦礫の一つに腰を下ろした。


「――んぐっ、ふぅ。……悔しいが、魔力ありだとついてすらいけなくなったな」


 息の上がった葵獅が水を被り、乾いた笑みを浮かべた。


 対する東条は、汗はかいているものの平然とした様子。


「まぁ、だいぶ色々と上がったからな」


 先の二体との殺し合いは、彼の身体に膨大な影響を及ぼしていた。


 肉体の強度はより強く、傷の治りはより早く、扱える魔力量も倍近くになった。


 最早素の戦闘力だけでプロの格闘家に善戦するほどだ。


「もうこの建物の中では一番強いんじゃないか?」


「そうだと安心なんだけどなー」


 ゴブリンが消え、内側から攻めてくる敵は殆どいなくなった。

 レストラン街にも行ける様になったため、多くの食料を手に入れることもできた。


 万々歳に思える結果だが……。


 東条は自分の火傷跡を撫でる。



(こんなにも音沙汰なく消えるものなのか?)という懸念が、どうにも消えなかった。



「心配するに越したことはないからな。……そういえばあの三人には会ったか?」


「ん?あぁ、いきなり決闘しろとか言われたぞ?」


 話は変わり、今朝の事を思い出す。


「それで返事は?」


「NOだ。面倒臭い」


「ははっ、だろうな」


 予想通りといったふうに葵獅が笑う。その様子を見て東条がジト目を送った。


「何か知ってるな?」


「なんだあいつら、説明もしなかったのか?」


「だから困ってる……」


 笑う葵獅は時計を見て、「そろそろか」と呟く。


「……ん?何が」


 その時、階段を複数の足音が上ってくる音が聞こえた。


 姿を表す彼等は、妙に堂々とした顔で東条を見据える。その瞳に燃える殺意を宿して。


「……」


 全てを悟った彼は、横を向き目を合わせようとしない葵獅を睨む。


「すまんのぉ。此奴等がどうしてもと聞かなくてな」


 三人の後ろからついて来た若葉が、苦笑しながら東条に謝る。


「……断った筈なんすけど」


「うむ、もし本当に嫌なら儂が言い聞かせるが、……どうやらあ奴等は紗命嬢を狙っているらしくてな?うーむ、どうする?やめるか?」


「……面白がってるでしょ?」


「ホッホッホ」


 溜息を吐く東条は、槍の手入れをする三人に頭を掻く。


「お前等がアイツに向ける感情には気付いてたけどよ、俺は別に紗命と付き合ってる訳じゃねぇぞ?玉砕するなら相手は俺じゃなくてアイツだろ」


「……あ?」


「クソだな」


「本当に、気に食わないっすね(ボソ)」


「ん?なんて?」


 耳を傾ける東条に、因幡が槍を向ける。


「一応聞くっすけど、決闘は受けてくれるんすね?」


「断れる空気じゃないだろ。俺からも一応聞いとくけど、これの理由は?」


「恋のケジメっす」


「ったく、前時代的にも程があんだろ、いつの人間だお前等」


「うるせぇっ、勝者にこの痛みは分からねぇッ!」


「よく言った刀弥」


 今度は大量の涙を流す二人、情緒は大丈夫かと心配になる。そこで刀弥が槍で東条を指した。


「テメェっ、黄戸菊さんとど、どこまでいってんだ⁉︎」


「なっ、やめろ刀弥!これ以上傷口を開いてどうする⁉︎」


 止めに入る海だが、ソワソワと東条の方を窺っている。


「……まだ何もしてないよ」


 露骨に安心する二人。だが、


「まぁ、この後滅茶苦茶に可愛がってやるつもりだけど」


「――ッ⁉︎め、メチャ、めめめ、か、カワ――」


 海が白目を剥いてぶっ倒れ、ビクンビクンと痙攣する。


「海っ‼︎しっかりしろ!っ深呼吸だっ、そうだ、ゆっくり、ゆっくり。……落ち着いたか?安心しろ海、そんなの恋人なら皆やってる事だ」


「グフぅっ」


「海⁉︎――っテメェッ!」


「いやトドメ刺したのお前だろ」


 吐血した海を他所に、見計らった葵獅が炎でリングを作る。若葉が双方に目配せし、槍で地面を軽く叩いた。


「準備はいいか?」


「「おうっ」」


「……ああ」


「では、リングの中へ。目潰し、金的、過剰な追い打ち以外何をしても構わん。槍の穂先は潰してある、続行不可能と見た場合儂が止める、いいな?」


「「うっす」」


「うい」


「では位置につけ」


 因幡と刀弥は目の色が変わった海を起こし、リングへ入る。


「コロスコロスコロスコロスコロス――」


「こーなっちまったこいつは止められねぇぜッ⁉︎ヒャハハハハっ」


「落ち着いて下さいっす二人とも、油断なくいつも通り行くっすよ」


「「おうッ」」


 ……なるほど、実戦を経験しているだけあって、流石に切り替え慣れている。


「東条殿、得物は?」


「あー、いいっすわ。殺しちゃうかもしれないんで」


「んだとゴラァッ‼︎」


「ぶち殺すぞゴラァッ‼︎」


「やってみろゴラァッ‼︎」


 やいのやいのと言い合う彼等。厳かな雰囲気を諦めた若葉は、無視して司会を進める。


「只今より、荒木、萩、因幡VS東条の決闘を始める」


 一人の女を巡る、男の戦いが、


「それでは、両者用意っ、……始めッ!」


 今、始まった。

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