第39話


 ――「それじゃぁ、もう一度行ってきます」


 戻ってきた東条はスポーティなズボンを履き、又もや中に行こうとする。緊張に休んでいた葵獅は驚きに顔を上げた。


「な、あそこにか?」


「違います違います、今度は十一階です。俺が今日一番やりたかったのは特訓の試運転なんすよ。あの場所から一番遠い所でやりたいし、運が良ければ実験台もいると思うんで」


「なるほど、紗命の言っていたやつか。……興味がある」


「それじゃ、」


「ああ、」


 荷物を手放し軽くなった身体をほぐし、どんな特訓なのかを話し合う二人。


「……アグレッシブな方達だなぁ」


 再び嬉々として出ていく彼等を、佐藤は呆れ半分尊敬半分といった目で見送った。



 十一階に到着した彼等は、物陰から三匹のゴブリンを見ていた。


「基本スリーマンセルなのか」


「多分そうっすね」


「どうする?」


「俺が殺ります。見てもらった方が早いんで」


「分かった」


 東条は一度深呼吸し、身体中に魔力を循環させる。


「……行きます」


 クラウチングの姿勢を取り、眼前を見据えた。


「あぁ、――っ‼」


 葵獅は彼の姿を追い、急いで視線をスライドさせる。目の当たりにしたその初速は、凡そ人間の出せる限界値を軽く超えていた。



「――ッハハっ」


 走る上で感じたことのない速さで景色が流れる。


 ヒュゴゥッ、と風を切る中、迫るゴブリンが驚きに目を見開き、咄嗟に武器を構えようとするが、


「ッ!?グギぇ――」


 遅い。勢いに任せて喉を掻っ切り、そのまま直線状にいる一体に突っ込む。


「グゲェッ‼」「ゲアッ‼」


 二体がそれぞれ、正面、右斜め後ろから殴りかかってくる。


 跳躍し棍棒を振り被ったゴブリンを前に、武器を持ち替え、走行からステップを踏み投球のフォームに移す、


「フッ‼」


 ぶん投げたフライパンが棍棒と衝突、へし折り、ゴブリンの顔面を陥没させた。


 すぐに反転。跳躍寸前の三体目をあえて待ち、包丁を右手に持ち替え、漆黒を出し空中で受け止める。と同時に横へ回り込み、脇腹を突き刺し斜め上に切り上げた。


 広がっていく血溜まりの上で藻掻く一体を後に、白目を剥いた陥没ゴブリンへと向かう。


 牛刀を逆手に持ち、喉に突き刺し止めを刺した。



「ふぅ……」


 自分の起こした惨状を前に、軽く息を抜く。


 東条が思ったことは一つ、


(……慣れたな)


 血の臭いに。

 肉を貫く、骨を断つ感触に。

 何よりも、生物を殺す恐怖に。


 目の前の光景に何も感じないわけではない。

 只、敵を殺す昂揚感の方が、何倍もデカい。

 うまく戦えた達成感の方が、何倍もデカい。

 自分は今ファンタジーの中にいるという歓喜の方が、何倍もデカい。


 知らぬ内に変わっていく自分を、しかし彼は快く受け入れ、その光景に背を向けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る