第35話

 


 ――「おはようさん、……何しとるん?」


 朝早くからストレッチをする東条に、彼女が疑問の眼差しを送る。


「おう、おはよ。今から中に行こうと思ってな」


「……一人で?」


「勿論。試したいこともあるし」


 平然と言ってのける彼には、恐怖心というものが無いのか。紗命は呆れよりも不安が勝る。


「あと一日は食料も持つし、もう少し後でもええんちゃう?そうや、特訓はもうええの?」


「その特訓の成果を試しに行きたいのさ」


「……怖ないの?」


「怖いってより、強くなってくのが楽しいんだよね。……男だから」


 良い笑顔には一切の混じり気が無い。彼の闘争本能を理解することは、並の人間では無理だろう。


「そんなん、あんたくらいやでぇ」


 彼女の口から、今度こそ溜息が出た。



「ちょっと身体動かしたいんで中行ってきます」


「……随分軽く言うんだな、君は」


 一応報告しておこうと三人に声を掛けた東条だが、散歩でもするのかというノリに案の定驚かれる。

 だがそう言えども、彼等に東条の行動を抑制する権利はない。


「俺達が口を挟む事ではないが、気を付けろよ」


「うっす」


 それだけ言うと東条は防火扉に向かって歩き出す。しかし、その背中に待ったが掛かった。


「東条はん、うちも連れてってくれへん?」


「え?」


 紗命の言葉に全員が振り返る。


「もう少しで食料も無くなるし、ええ機会や思うねん。東条はんは強いし、中も知ってるさかい安全やん?」


 確かに一理あることはある。彼が返答に困っていると、


「確かにそうだな、なら俺が行こう。正直まだ心の準備ができてなかったが、紗命の言う通り良い機会だ」


 葵獅自ら名乗り出た。


「……葵はんはここで皆を守っとぉくれやす」


「それは紗命の方が適任だろ。残るなら壁を造れる紗命と、一番強い佐藤だ」


「……むぅ」


 ド正論にぐうの音も出ない。彼女にしては珍しいことだ。


 そこに、止めとばかりに東条も追撃を入れた。


「俺も筒香さんに賛成ですね。そもそも荷物持ち帰る前提なら、黄戸菊より断然筒香さんでしょ」


 はち切れんばかりの筋肉が重量を欲して哭いている。荷物持ちにこれほど適任な者はそういない。


「決まりだな。よろしく頼む」


「こちらこそ」


 新たなコンビは握手を交わし、冒険の扉へと向かった。

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