第13話
「グルアァァアッ‼」
「うるせぇえッ‼」
両者同時に風を切る。
東条は牛刀を逆手に持ち、漆黒を盾代わりに真正面から突っ込む。
突如、ボスの周りの空気が歪んだ。
(くるかッ)
ゴウッ、と唸りをあげ風の砲弾が正面から飛んでくる。明らかにさっきまでと威力が違う。
(ッ野郎っ)
ボス狼は音を消す為に威力を抑えていたのだ。
しかしこちらにあるのは絶対防御(仮)、どこから来るかさえ分かっていれば何も怖くない。
東条が漆黒を正面に出し威力を消す。が、範囲に収まりきらなかった豪風が、彼の前進を僅かに鈍らせた。
「ガルァッ」
ボスは歩が緩んだすきに距離を詰め、喉を噛み千切ろうと大口を開ける
「グギャンッ!?」
も顎下からの凄まじい衝撃に無理やり閉じられた。牙を折られバク転の形で後ろに飛んでいく。
「……えぐいな」
片目でストックは全部使ってしまった、今の威力は風の砲弾単体のものだ。食らったら一溜りもない。
ボスが起き上がり、唸り駆けだす。
思ったよりダメージがないように見える。
その時、
駆けるスピードが目に見えて変わった。
「――ッ!?」
距離が一瞬で詰められ、東条は繰り出された爪を漆黒で受ける。
通り過ぎたボスを前に、彼はその秘密に瞬時に気付いた。
これは常日頃からファンタジー小説を読み漁っていた彼だから気付けたことだ。
加えて、彼は魔法を使うことはできないが、初めから魔力を感じることはできた。狼との戦いで魔法を被弾したことも大きい。
それらの要因が全て繋がり、彼に超速の理解をもたらした。
狼の身体からは多量の魔力が感じ取れる。要するにこれは、俗に言う肉体強化だ。
魔力を全身に流し、肉体の強度を著しく上昇させる技。
やっぱりできたのかと気分が高ぶるが、今はそれどころではない。
ラノベ界隈では肉体強化に属性は必要ない。東条はならば自分も、と魔力を意識しようとするが、それを許すボスではない。
ボスは空気を歪ませながら、かろうじて目で追える速さで突っ込んでくる。
彼は魔力制御を中断し、漆黒を構え初撃の砲弾を防ぐ。
「なッ!?」
しかし体勢を崩される中、ボスが、右は牙、左は爪の二方向から攻撃してくるのが微かに見えた。
東条は咄嗟に右の攻撃に漆黒をぶつけ、全力で身体を捻って回避をするが、左の肩口から背中にかけて大きく裂かれてしまう。
「ぐぅッんの野郎がァッ‼」
ガラ空きの左の首付近に全力で牛刀を突き刺すが、半分ほど刺さって筋肉に締め取られてしまった。
「ふぅっ、ふぅ、ふぅ――」
致命的なダメージに、東条の中に今までの疲れがドッと押し寄せてくる。
心なしか寒くなってきた気もする。
武器を敵に取られ、攻撃の手段は漆黒だけ。しかしそれも決め手に欠く。
絶体絶命とはこのことか。
しかしその目に絶望はない。敵の一点を見つめ、
「すぅぅぅ――」
彼は腰を落とす――。
ボス狼が駆けた。
砲弾の大きさは過去一。向こうも決めに来ている。
――放つ。
空気を揺らし特大の風塊が迫る。
東条は漆黒を前に出し、正面から受け止めた。
台風の如き風圧が満身創痍の身体を襲うが、脚で地面に根を張り全身で耐える。
風が止むよりも前に、右に顎あぎと、左に尖爪が迫っていた。
さっきと同じ体勢。さっきと同じ攻撃。
……さっきと違う急所。
東条は一歩踏み込み身体を捻る。猛る筋肉を総動員し、暴走する力を拳に一直線で繋ぐ。
「ッラァァァアアああッッ‼」
瞬間、拳に漆黒を纏わせ、溜め込んできた力と共に左首に突き刺さった牛刀に爆発させた。
途轍もない速度で弾き出された必殺の剣は、狼の首を爆散させ、そのまま天井をぶち抜き、泡を吹いた片目を生き埋めにする。
首から上が吹き飛んだボスが、血だまりにドサッと倒れる。
遅れて東条もその隣に大の字で倒れた。
「ふふっ、ふっ、ぁはははははははっ‼俺つえぇぇっ‼あはははは――」
何だろう、腹の底から笑いが込み上げてきた。
(勝った‼勝ったっ‼)
命がけの戦いから、絶望を乗り越えて強敵を打ち倒す。これこそが冒険。これこそが自分の望んでいたもの。
未だ収まらぬ興奮に身を焼きながら、反対に冷えていく身体を感じる。
「いやぁ、……疲れた、……」
最早まともな思考もできない。
死へと向かっている己の身体に、しかし彼は一切の不安も抱いてはいなかった。
「……死なねえよ、こっからだろうが……」
己に、己以外の全てに、強く、激しく、絶対の確信をもって、そう言い聞かせた。
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