ブリーフィング

第742話 ブリーフィング

「全員揃ってるみたいね。始めましょう」


 穏やかに現状での最高階級の隊員である技術部部長許明華大佐がいつもの穏やかな表情で直立不動の姿勢で口を開いた。彼女は隣に立つ出撃命令を仕切る実働部隊隊長クバルカ・ラン中佐にそのまま視線を移す。


「まーできることは決まってるんですがね」


 不承不承ランは口を開くと、隊員が整列しているハンガーを見渡した。最前列には実働部隊の11人が緊張した面持ちで並んでいる。


「おい、神前。死にそうな面しやがって……そんなんじゃこれからの作戦持たねーぞ」


「どうせ僕があの砲台のインパルスカノンの盾になるんでしょ」


 珍しく不服そうな誠に向けてランが諦めたような笑みを浮かべた。


「まあな。現在L23宙域に鎮座しているあれだが、十中八九アタシ等が動き出せば本来の目的である遼州地上を射撃可能な宙域に移動する」


「なんで読めるんすか?」


 不満そうな表情を浮かべたかなめにランは頭を掻きながら話し始める。


「あれは現在製造に関わった菱川重工の管理を離れて、ゲルパルトのネオナチ勢力の管理下にあるのは間違いねえ。となると、現在、核ミサイルが準発射状態にある遼北・西モスレム国境付近を吹き飛ばしてド派手な核戦争を勃発させるというシナリオを描いていても不思議じゃない」


「でもそれは推測じゃ……」 


「カウラ。あの砲台の時空跳躍のエネルギー充填にかかる時間は98時間だがエネルギー充填の痕跡は見られないそうだ。おそらく奴はアタシ等を蹴散らした上で二、三発インパルスカノンを発射してから悠々と宇宙に消える算段を立ててると考えられる」


「舐められたもんだな」


「そうだ西園寺、アタシ等は舐められてるんだ」


 挑発するようなランの言葉にさすがのかなめも苦笑いを浮かべていた。


「そこでこちらの作戦だが、スミス特務大尉」


「は!」


「別そんなに緊張すんなよ」


 厳しい表情の第四小隊隊長のロナルド・スミスJr特務大尉に笑顔でランが声をかけた。


「先行して砲台の自動防衛システムとして搭載されている艦載機の牽制を頼むわ。あれが積んでる艦載機に関する資料は……」


「全部頭に入っています」


「ならいい。とにかく敵の艦載機24機を引き付けるんだ。撃墜は必要ない」


「了解しました」


 ロナルドの静かな言葉に隣に立つかえでが緊張した面持ちでランを見つめていた。


「そして第三小隊」


「はい!」


 元気よく答えるかえでにランが笑みを浮かべた。


「オメー等は予備だ」


「予備?」


 ランの言葉が理解できないというようにかえでは繰り返した。


「そう、とりあえず『高雄』のカタパルトで待機。他の隊に異変があった時に交代する」


「そういう意味ですか……でも僕なら神前曹長の代わりくらい……」


「わからねー奴だな。牽制、防御、攻撃、どれでもこなせる予備選力が必要な作戦なんだ。器用なオメー達にゃーうってつけの任務だろ?それにオメーが怪我すると西園寺がうるせーからな」


「誰がうるせえんだ!誰が!」


 ランの言葉にかなめが明らかに不愉快そうな表情で叫んだ。悩ましげな表情をそのまま必死の表情の最愛の姉、かなめに向けるかえで。かなめはそれを無視してそのまま視線をランに向けた。


「続いて、第二小隊」


「はい」


 静かにカウラが手を挙げるのを見るとランは難しい表情でその中央に立つ長身の誠に目を向けた。


「作戦の要はオメー等だ。神前」


「は!」


「オメーはインパクトキャノンを受け止める役だ」


「やっぱり……」


 誠はしばらく呆然と立ち尽くす。


「おい、チビ!インパクトキャノンは惑星の地殻すら打ち抜くんだぞ?こいつの干渉空間でそれを受け止めろと……」


「なんだ西園寺。オメーこいつに気があるのか?」


「そういう話をしてるんじゃねえよ!」


 かなめの叫び声がハンガーに響いた。


「ヨハンの計算じゃ神前の干渉空間では十分インパクトキャノンを受け止められるはずだって話だぞ」


「机上の計算……あてになるんですか?」


 厳しい表情でカウラがランを睨みつけた。


「ベルガー……オメーまでそんな顔をして……相手は撃つ気満々なんだから、先に撃たせたほうが後々楽だろ?」


「あのなあ……」


 かなめが諦めたような表情でランを見つめる。


「なーに神前の干渉空間を貫通したときに備えてアタシが後ろで防護してやる。まあその時は神前はニ階級特進して少尉だがな」


「めちゃくちゃ言いますね」


 あまりのことに呆然としていた誠が震えながらそうつぶやく。


「あの砲台はそれだけヤバい代物だってことだ。そしてシャム……シャム……ナンバルゲニア・シャムラード!」


 隊員の視線は、機動部隊の四小隊の端に立つ少女に向けられた。名を呼ばれているというのに、当人であるシャムはまるで上の空というように立ち尽くしていた。


「ナンバルゲニア・シャムラード中尉!」


「はい!」


 怒鳴りつけるランの言葉にシャムがようやく反応した。


「オメーがもう一方のこの作戦の鍵だ。敵砲台に先行してこれを破壊。できるな」


 ランはそう言って急に温かい笑みをシャムに投げかけた。シャムしばらく考えた後、手を打つと静かにうなづいた。


「クロームナイトの機動力なら第四小隊に引き付けられた敵艦載機がシャムに気づく前に的に到達できる。そっからはいつも通りだ。オメーの好きに暴れろ」


「分かった」


 いつもなら元気におどけてみせるシャムが静かに命令を受け入れた。


「以上、質問は……って……西園寺。そのツラはなんだよ」 


「何でもないですよ」 


 ランの言葉に西園寺かなめは明らかに不機嫌そうにそう言うと、めんどくさそうに頭を掻いた。


「いつもみたいにすぐにタバコでも吸いに行かないの?」 


「これでもかなり進歩したんだろ。西園寺なりに」 


 アイシャ・クラウゼとカウラ・ベルガーはそうやってかなめを冷やかしてみせる。その態度がやはり気に入らないのか、隣に座る神前誠を蹴飛ばそうとするが、再び思い直したように静かに姿勢を正した。少女ことクバルカ・ラン中佐はその様子に満足したように笑みを浮かべた。


「オメーの吉田に関する調査だが……アタシもなあ、心配してたんだよ。お前さんが一生懸命なのは分かってたし……まああの嵯峨惟基なんて言う御仁を叔父に持ったのが不幸だったってことだよな」 


「全部知っててあたしの背中を押したのか?あの中年……」 


 ぐっと右手を握ってそのまま食って掛かろうとするかなめを、カウラと誠が両脇から掴んでようやく止めた。本気を出せば生身のカウラや誠など振りほどけるサイボーグのかなめだが、なんとか自分に言い聞かせるようにして再び列に戻った。ランの説明をその後ろで聞きながら端末にメモを残していた技術士官許明華大佐は静かにうなづきながらランを見上げた。


「正直アタシも聞いたのは出発直前でね。まあ隊長も事実を知ったのは恐らくお前さんたちが真実にたどり着いた後の話だと思うぞ」 


「そりゃそうだ。しかも吉田本人からのリークだろ?」 


 わかりきっているというようにかなめが吐き捨てる。誠はこの女性達の葛藤をどうにかできないかと影に隠れるように様子を見ている先輩の島田正人技術准尉やキム・ジュンヒ火器担当少尉の方に目をやるが、どちらもかかわり合いになるのはゴメンだというように目を合わせようとはしない。


「中佐、わかったことは全て話してもらえたんだね。データで良い、あとで私にも回してくれ」 


 第四小隊小隊長のロナルド・スミスJr特務大尉はそれだけ言うとうなづいたランを確認しただけでそのままハンガーを後にした。


「お姉さま……吉田少佐を気になさって貯金を切り崩していたなんて……」 


 いつの間にかかなめに寄り添っていた嵯峨かえでの存在に気づいて、かなめが大げさに引き下がる。


「もしおこずかいが足りないなら……僕のを使ってくれてもいいんですよ」


「足りてる!足りてるから!」 


 いつものように迫ってくる妹にかなめは冷や汗混じりで叫んだ。それを見てにやりと笑ったランはそのまま足早にブリーフィングルームを後にした。


「逃げやがった!このバカ!」 


 かなめが軽く身を乗り出してきているかえでの頭を叩く。かえではその手を軽く払うとそのまま何事もなかったかのように場を後にした。


「あいつのせいでランのクソガキに逃げられた!かえでの野郎…… 」 


「違うわよ。かえでちゃんはわざとランちゃんを逃がしたのよ。どこまで行ってもあんたの妹よ。食えないわよ……あの娘」 


 アイシャの言葉にかなめは力なく振り上げた拳を目の前に立つ誠の背中に静かに下ろした。


「それより……」 


 アイシャのその言葉の先には茫然自失としているナンバルゲにア・シャムラードの姿があった。何もない空間をぼんやり見つめてランの講義がまだ続いているように立ち続けている。


「コンビ組んでた相手が人間じゃなかったんだ。多少の動揺はあるだろ」 


 ただぼんやりしているシャムに誠は立ち上がるとそのままそばへと歩み寄った。


「誠ちゃん……」 


「やっぱりショックだったんですか?」 


 誠の言葉にシャムは曖昧な笑みを浮かべるとそのまま静かに首を横に振った。


「ショックとかそういうのじゃないんだ……あえて言えば少し寂しいかな。初めて会ったのが遼南内戦だからもう10年以上の付き合いなのに……何も話してくれなかったなんて……」 


 珍しくセンチメンタルなシャムの言葉に先程までのいじけた表情を浮かべていたかなめがにじり寄った。


「おい、オメエのことだからただ単に鈍感だっただけじゃないのか?」 


 かなめは冷やかすようにそう言ってシャムをにやけた表情で見つめた。


「鈍感?好きってこと?そうかもしれないね」 


 反発を予想していた言葉をあっさりと肯定されたかなめはつまらないというように立ち上がって大きく伸びをした。


「それより神前。大丈夫なのか? 相手のインパルスカノンの砲身が焼きつくまで耐えなきゃいけないんだぞ。初弾と二発目は月をぶち抜く威力だってのが資料の示すところだ。それを干渉空間だけで受け止めるって…… 」 


「そうだよ!誠ちゃん大丈夫なの?」 


 自分の殻に閉じこもっていたシャムがかなめの言葉で我を取り戻したかと思うと誠に向けて感情を爆発させたような大声を発した。誠は驚きながらカウラとアイシャに目をやった。


「どうなの誠ちゃん。大体わざとインパルスカノンを撃たせるなんて……計算上は受け止められるって話だけどあくまでも計算の上での話」 


「砲台の自衛戦闘モジュールは24機。掻き回されて集中力が途切れて干渉空間展開が途切れたらジ・エンドだ」 


 アイシャとカウラの話に誠は今ひとつ理解しかねるというように首をひねった。そんな誠の首に手を回したかなめはそのまま誠にヘッドロックをかける。


「オメエのことなんだよ!オメエの!」 


「クッ苦しいですよ、西園寺さん!」 


「苦しいのは生きてる証拠だ。カウラの言うようにオメエが展開した干渉空間に多少のゆらぎがあっただけでアタシ等全員蒸発することになるんだぞ!」 


「多少は威力は緩和されても遼北、西モスレム国境にでも当たればそれこそハルマゲドンね」 


 かなめの言葉もアイシャの言葉も誠はよく理解できた。ただ、余りにも物事のスケールが大きすぎてかなめがヘッドロックを止めて立ち上がることができても、浮遊感のようなものを感じるだけで今ひとつピンと来なかった。


「誠ちゃん。安心していいよ。誠ちゃんは独りじゃないもん。かなめちゃんがいて、カウラちゃんがいて、アイシャがいる」 


「シャムちゃん、なんで私だけ呼び捨てなの?」 


 アイシャの茶々を無視してシャムは誠を見上げながら立ち上がった。


「アタシもみんなも頑張るから……ね?大丈夫。撃たせたりしないよ」 


 シャムの言葉に誠はようやく自分の役割が数億の命を背負ったものだと理解することができて足が震えているのを感じていた。

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