第679話 盛り上がり

 おもわず取り残されて呆然とする小夏だが、さすがに自分がいないと二人が何をするのか分からないのでそのまま階段を下りていく。


「効くなあ……おい。ファンがいるとはうらやましいねえ」 


「心にもないことは言わないことだ」 


 冷やかすかなめの声を聴きながらカウラは静かに半分ほど飲んだビールを一気に飲み干す。少しばかり酔いが回ってきたようで白い頬が朱に染まっている。


「本当に面白いね」


「まあいいんじゃ無いの?」 


 その様を見ていたシャムが吉田に声をかけるが吉田はつれなくそう言うとビールを飲み干した。


 シャムもビールを飲み干しながら考えていた。パーラのことや誠のこと。そして何も解決できずにちらちら目を動かせば、笑顔でランとなにやら歓談している明石が見えた。


 今なら誠の立ち直りのきっかけについて話が聞けるのではないか。そう思ってシャムが腰を上げようとしたときだった。


「はい、新エビ玉三倍!」 


 どんとシャムの前にどんぶりが置かれた。上を見上げれば仏頂面の菰田が仁王立ちしている。


「俺のは?」 


「はい」 


 これもまた菰田が投げやりに吉田の分を差し出す。その態度にさすがの吉田も冷笑を浮かべている。


「菰田君。もう少し愛想良くしないと」 


「そうだ!この変態!」 


 春子のたしなめる言葉とかなめの罵声。予想はしていたようで平気な風の菰田だが、少しばかり表情を曇らせているカウラを見るとさすがにまずかったというようにうつむいてみせる。


「まあいいや。じゃあお駄賃でアタシの分のテキーラやるから取って来いよ」 


「いらないですよ!」 


 かなめの叫びにそう返事すると菰田は足早に階段を下りていく。


「あいつも……管理部門なんだからもう少し愛想良くすりゃあいいのに」 


「人それぞれよ。ね、明石さん」 


「はあ」 


 急に春子に話題を振られた明石がどうにも困った顔で頭を掻いていた。


 シャムは今だと思ったが目の前の未知の味への誘いを断るほど理性が強い彼女ではない。自然と手はどんぶりの中のお好み焼きの具に伸びていた。


「へえ、結構大きなエビなんですね」 


「そうなの。そのままだと大きすぎるから試しに切ってみたんだけど……歯ごたえを考えるとその大きさが微妙でね。いろいろ試してこうなったのよ」 


 吉田の言葉に春子は得意げに答える。そんな明るい雰囲気に気が紛れてきたのか、それまでこわばっていたパーラの表情が少し緩むのがシャムにも見えた。


「あんまりかき混ぜないでね。このエビは歯ごたえが大事なんだから」 


 春子の言葉にうなづくとシャムは静かに鉄板の上に生地を広げた。


 小麦粉の焼ける香ばしい香りが広がる。それはシャム達の鉄板だけではない。明石のところも軽快に油がはねる音が響いている。


「おう、懐かしいなあ。これを待っとったんや」 


 明石の銅鑼声が部屋中に響く。隊員達もそれぞれに自分の具を焼き始めていた。


 香りと歓談に満たされる。


 シャムもまたそんな雰囲気に酔っていた。


「菰田君!ビール!」 


 早速叫ぶシャムに菰田は思い切り嫌な顔をする。


「菰田、頼む」 


 そこにかなめに頼まれたのか、恥ずかしそうにカウラの声が入った。


「はい!ただいま持って参ります!」 


 元気に叫ぶと菰田は階段を駆け下りていった。


「全く現金な奴だな」 


 吉田はたこ焼きを突きながらその様を眺めていた。ぼんやりとカウラを見つめじっと命令を待つソンの姿も異様に見える。


「それにしてもカウラちゃん効果は絶大だね。どうして?」 


 自分のお好み焼きをひっくり返すと振り返ってシャムはカウラに尋ねた。カウラはと言えばただ当惑したような笑みを浮かべたままでシャムを見返してくる。


「そりゃあ人望じゃないのかね」 


 吉田の一言にむっとしてシャムは彼をにらみつけた。


「まあ、うちの隊じゃ怖い姐御のたぐいは別として、それなりに常識があって行動もちゃんとしているとなるとベルガーくらいだろ?」 


「吉田少佐……それは聞き捨てならないわね」 


 たこ焼きをほおばりながらつぶやく吉田に今度はアイシャが食ってかかる。


「聞き捨てならない?事実だからだろ?お前もアニメグッズを買いあさるのを少しは控えてだな……」 


「ひどい!人の楽しみを奪うわけ!」 


 吉田の一言にアイシャは心底傷ついたように叫ぶ。だが部屋中の全員が彼女を白い目で見ていることに気づくと気を紛らわそうと自分の豚玉を叩き始めた。


「まあ……カウラちゃんは常識人だからね」 


「シャム。お前が言うと説得力ねえな」 


 かなめはそう言いながらソンが運んできたテキーラをショットグラスに注いでいた。


「説得力無くて悪かったですね!」 


 そう言うとシャムはそのまま焼けてきたかどうか自分の三倍エビ玉を箸で突いてみた。


「焼けたか?」 


「まだみたい」 


 吉田の問いに答えながらシャムはビールをグラスに注ぐ。


「神前!気を遣えよ!」 


「ああ、すいません西園寺さん……ナンバルゲニア中尉……」 


「いいよ、もう注いじゃったから」


 かなめの白い目を見て誠を哀れみながらシャムはビールを飲んだ。そこでシャムは今度は誠にどんな話を明石からされたのか聞こうと思った。


「あのね、神前君」 


 シャムが声をかける。誠はカウラに注いでいたビールを持ってそのままシャムのところまで来た。


「ちょっと待ってね」 


 ビールを一気にあおってグラスを空にするとシャムは誠にグラスを差し出した。


「しかし、よく飲みますね」 


「そうかな?」 


 シャムはそう言いながら注がれたビールを軽く口に含む。そして誠に立ち直りのきっかけを尋ねようとしたときだった。


 いつの間にか誠の隣に来ていた菰田が誠の腕を引っ張る。


「何をするんですか!菰田先輩」 


「お前も手伝え。下にシュバーキナ少佐が来てる」 


 菰田の言葉に誠の顔色が変わる。そしてそのままパーラと小声で話している春子に顔を向けた。


「神前君もお願いね」 


 春子の無情な一言に誠も立ち上がった。


「ああ、マリアも来てるんだ……」 


 結局誠に話を聞けなかったシャムは上の空でそう言うとビールを軽くあおった。


「おい、シャム。大丈夫か?」 


「何が?」 


「鉄板」 


 吉田の言葉にシャムは驚いて自分のお好み焼きを眺める。少しばかり焦げたような臭いが鼻を襲った。


「やっちゃった!」 


 シャムは叫ぶとへらでひっくり返す。焦げが黒々とシャムの三倍エビ玉を覆い尽くしていた。


「みごとに焦げたな……」 


「ならひっくり返してくれればいいのに」 


「なんで?」 


 吉田はとぼけた顔でたこ焼きを食らう。シャムはむっとした表情で仕方なく削り節をかける。


「あら、焦げちゃったわね」 


「ひどいんだよ!俊平はずっと見てたのに何もしてくれないの!」 


 シャムの訴えに春子は鋭い視線を吉田に向ける。極道に身を置いたことがあるすごみのある女性の視線に吉田もさすがに気まずく感じてビールをのどに流し込んでごまかそうとする。


「でも本当においしいから。食べてみてよ」 


 春子は特製のソースをかけてやり、さらに青のりを散らす。


 独特の香りにシャムの怒りも少しだけ和らいだ。


「じゃあ食べてみるね」 


 シャムはそう言うと一切れ口に運んでみた。柔らかい生地の中に確かな歯ごたえのエビが感じられる。


「これいい!」 


「でしょ?」 


 気に入ったというようにシャムはそのまま次々と切っては口に運ぶことを続けていた。


「慌てて食うとのどにつかえるぞ」 


 吉田に言われてビールを流し込む。それでも勢いが止まらない。


「よく食うな……」 


 ふらりと立ち寄った感じのかなめが手にしたテキーラをシャムのビールの入ったグラスに注ごうとするのを軽く腕で阻止する。


「なんだよ、ばれたか」


 そのままかなめは自分の鉄板に戻っていった。


 周りでも次第に焼け上がっているようで鉄板を叩くコテの音が響く。


「なんだか飯を食ってる感じがするな」


「幸せな瞬間でしょ?」 


「そうか?」 


 吉田はただマイペースで一人たこ焼きを突く。その吉田のテーブルに誠がビールを運んでくる。


「気がつくね」


 吉田は空になった瓶を誠に渡すとグラスになみなみとビールを注いだ。


 またシャムはチャンスだと思った。誠は今度はシャムにビールを注ごうとしてくる。


「あのさあ……」 


「誠ちゃん!私も」 


 シャムがグラスを差し出すところでタイミング良くアイシャが叫ぶ。


「はい!今行きますね!」 


 飛び跳ねるように誠はそのままビールを持ったままアイシャに向かって行く。


「また聞き損ねたか」 


 吉田の痛快という笑顔にシャムはエビをほおばりながらむっとした表情を浮かべて見せた。

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