沈黙

第609話 沈黙

 一月も半ばとなれば正月の雰囲気も抜けるものだった。昨日、水島の前の住居の残留アストラル波の採取を行ったデータは司法局本局と東都警察に提出されていた。ともに結果が出るには時間がかかるという回答を誠達は受けていた。そんな中、彼はじっと端末を覗き見ながら隣で野球のボールをいじっているかなめに目をやった。


「そう言えば最近走ってませんね」 


 誠の一言にかなめはにんまりと笑いそのまま視線を正面のカウラに向けた。


「私は走っているぞ。夜なら時間は作れるだろ?」 


「カウラちゃん……危ないわよ。夜中に一人で走るなんて……そうだ!誠ちゃんも一緒に走らない?私も少し走りたいのよ。最近体がすっかりなまっちゃって」 


 アイシャの言葉に呆れたカウラはそのままモニターに目を移して作業を始めた。


「馬鹿なことを言いてえところだが……最近は辻斬りがここらでも出てるからな。得物でも持つか?」 


「だから、ここは胡州じゃないの」 


 指で銃の形を作ってみせるかなめにたしなめるような調子のアイシャの言葉が飛んだ。


「動けないのはつらいのは分かるんすが……」 


 ラーナが困ったように机にかじりついている四人を見ながら苦笑する。違法法術発動の容疑者である水島勉の身辺捜査の権限は東和警察が握っていた。放火や傷害などの嫌疑のある事件の発生時刻の水島のアリバイの有無の捜査は極秘裏に東都の捜査官達が行っていた。アストラル波の照合データの回答が司法局から出たとしても東都警察の許可がなければ誠達は指をくわえてみているしかない。その事実が重圧として誠達にのしかかっていた。


「しかし……奴等は嫌疑が裏付けられたらアタシ等に内緒で逮捕しちゃうんじゃねえのか?」 


 ボールをもてあそぶのにも飽きたかなめの一言に思わず誠もうなづいていた。


「先々月の同盟厚生局の事件では見せ場を私達が持っていったからな。今度は手柄を……などと言うのもありえる話だな」 


 いつもなら苦笑いで済ませるかなめの言葉にカウラは同調しながら弱弱しく微笑む。アイシャは何度かうなづきながら時折ラーナに視線を送っていた。


「どうっすかね……アタシとしちゃたぶんそれは無いと思うっす。虎の子の法術部隊は相手が他人ひとの法術を勝手に発動すると言う事件の特性からあまり動かしたくは無いっすし、どこまでその能力を水島とか言う被疑者が見につけているかも分からない状況っすから」


 ラーナは申し訳なさそうにつぶやく。


「手柄は自分で確保して厄介事はアタシ等に押しつけるわけだ……世渡りが上手いねえ、あの小太り署長。さすがキャリア組は違うわ」 


 かなめの愚痴にラーナは力なくほほえむ。彼女は真ん中分けのおかっぱ頭の髪を手櫛ですきながらモニターに目を戻した。誠はかなめと同じ気持ちでなんとなく釈然としないまま、モニターの中の再びこれまでの犯行の手口を載せているファイルのデータを読み直していた。


「まるでうちは便利屋ですね」


 思わずつぶやいた誠にアイシャが笑いかける。 


「今頃気づいたの?遅かったわね」 


「なんだ?アイシャは警察の肩を持つのか?」  


 むっとしたようにかなめは立ち上がりかける。それをアイシャがにらみ返す。


「くだらないことは止めておけ。たとえすべての準備を整えたとしても東都警察には手に余るのは間違いないんだ」 


 それだけ言うとカウラは再び端末へと視線を向ける。時間が経つ事にイライラが増していくのが感じられる。誰もが結論を、結果を待ち望んでいた。


「カルビナさん。どこくらいまで捜査が進んでいるとかわかりませんか?」 


 耐えきれなかった誠の言葉にラーナはため息をついた。


「神前さん。一応東都の各警察署にもプライドがあるんすよ。自分の管轄した場所で起きた事件。その容疑者を特定するならできれば自分の手で捕まえたくなるものっす……確かに最終的には手に余ってうちに回ってくるっすけど」 


「縦割りの弊害だな……まあ、連中はアタシ等のことは『同盟司法局なんて無駄な組織を作りやがって』って思われているかも知れねえがな」 


 思い切りかなめらしい言葉に誠はうなづくと目の前の画面に目を向けた。東都警察と同盟司法局。結局は別組織による同床異夢の捜査活動に過ぎないことは嫌でも分かっている。


 ただその事実を確認するためだけに時間が流れているのではないか。誠はいつの間にかそう考えていた。


「慎重なのが信条の東都警察のご丁寧な捜査が続いているんだ。このまま一週間ぐらい待たされても不思議は無いぞ。楽にしてろよ」 


 かなめの言葉。ある意味当然だとは分かっていても慣れない誠には待ち続けること自体が苦痛だった。


「でも……こんなところでくすぶっているのに意味はあるのかしら?どうせ今日も定時になったらこの部屋から追い出されるんでしょ?しかも連絡が携帯端末に届けばいつでも出動できる状態にしていろって言われてるんだから……無意味よね」 


 立ち上がるアイシャ。誠も左手の携帯端末に目をやる。小さな端末だが、その中の情報は常に東都警察の最新情報が流れ込んできている。


「私達はアウェーなんだ。我慢しかできないだろ」 


 カウラはまじめにモニターを覗いている。げんなりしながら誠は再び画面へと目を向けた。


「うわー!イライラする!」 


 珍しく取り乱したようにアイシャは叫ぶとそのままどっかりと椅子に腰掛けた。


 そしてまた沈黙が倉庫だった部屋の中を支配した。

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