第604話 二正面作戦

「でも……『カネミツ』だの『クロームナイト』だの『ホーンオブルージュ』など……あんな機体。本当に使うんですか?地球侵略でも始めるなら別ですけど」 


 そう言う島田の視線は司法局実働部隊ナンバー2であるランへと向けられることになった。


「島田……出動関係の事例集。見てねーのか?」 


「そりゃあ甲一種出動は使用兵器の制限が無くなりますが……反則ですよ、あの三機は」 


 島田の言葉に自然と誠は頷いていた。誠の愛機のエロゲーヒロインが描かれた05式乙型も法術対応のアサルト・モジュールだがクロームナイトクラスとは桁が違った。法術師の展開する干渉空間にエネルギー炉を転移してメイン出力を確保する構造はエンジンの出力を上げる際にエンジン自体の強度の限界を想定せずにパワーを出すことができる。そんなメインエンジンを搭載した上に現在の技術の最先端クラスでとても一般部隊では運用不可能な高品位パルスエンジンでの驚異的な機動性を確保した機体には正直勝負を挑むのが馬鹿らしくなるほどだった。


「反則だろうが失格だろうが関係ねーんだよ。アタシ等は司法実働部隊だ。兵隊さんと違って勝たなきゃならねーし、勝つときは圧倒的じゃなきゃならねーんだ。わかるか?」 


 どう見ても小学生が飲んだくれているとしか思えない光景。言っていることの理屈が通っているだけに誠は一人萌えていた。だがその萌えを我慢できない存在がこの店にはいた。


「ランちゃん!」 


 立ち上がるとアイシャはそのままずかずかとランに近づいていく。


「お……おうなんだ……!くっつくな!」 


 不意を付いてアイシャはランに抱きついて頬擦りを始める。


「なんてかわいいの!萌えなの!」 


「うるせえ!離れろ!」 


「慕われていますのね、クバルカ中佐は……ちょっと妬けますわね」 


「茜!くだらねーこと言ってねーで助けろよ!」 


 ばたばたと暴れているランを横目に見ながら笑顔の春子が料理を並べ始めた。


「いつも申し訳ありません」 


「カウラさんが気にすることじゃないわ。それに本当にいつもごひいきにしてもらっちゃって。うちは司法局実働部隊がいなくなったらつぶれちゃうかも」 


 そう言いながら春子は頭を撫でる程度に譲歩したアイシャの愛情表現に落ち着いてきたランの目の前にアンキモを置く。


「でもクバルカ中佐は本当にかわいいですものね。クラウゼさんもつい暴走しちゃうわよ」 


「アタシは一応上官なんだけどな……」 


 アイシャに撫でられながら仕方が無いというようにランはビールを飲み干した。


「じゃーん!来ましたよ」 


 小夏が突然のように現れて手にした料理を配っていく。春子はそれを見ながら誠達のテーブルの鉄板に火を入れた。


「やっぱり火がいいねえ。電気式のはどうも好きになれなくて」 


「そう言えばかなめちゃんは胡州よね。あそこは結構火の使用には厳しいんでしょ?二酸化炭素を出すエネルギーだとか言うことで」 


 アイシャはようやくランをその手から開放すると満面の笑みで誠の豚玉を勝手に混ぜ始めたかなめの正面の自分の席に腰掛けた。


「まあな。あそこはどうも息苦しいところだからな。特に東和に来たら帰りたくなくなるよ……小夏、もう良いのか?」 


「まだ。そんなすぐに暖まるわけ無いじゃないの」 


 鉄板の上に手をかざして小夏は軽蔑の眼差しでかなめを見つめる。頭に来た様に視線をボールに落とすとかなめは一生懸命豚玉をかき混ぜ始めた。


「そんなに混ぜたら駄目じゃないの」 


「いいんだよ。納豆だって混ぜた方が美味いだろ?」 


「私はそうは思わないが……」 


「カウラ……ノリが悪いな」 


 たこ焼きを食べ始めたカウラにそう言うとかなめは豚玉を混ぜる手を止めてグラスのラム酒に手を伸ばした。


「どうしたの?かなめちゃん」 


 アイシャの顔が真剣なものへと変わる。それはかなめの脳内の通信デバイスが何かをつかんでいることを悟っての態度だとわかって誠もかなめに視線を向けた。


 かなめの瞳。それはすでに軽口を叩いていた誠の見慣れたかなめのものでは無かった。誠が知らない陸軍非正規部隊で戦争法規無視の捨て駒の戦いを演じていた時のかなめの表情。誠はこんな目をしたかなめを見る度に彼女がいたという東都戦争の泥沼を想像して背筋に寒いものが走った。


「例の辻斬りだ。東寺町で近くのOLが背中からばっさりだそうだ」 


 その言葉に入り口近くのランの隣に座っていた茜が立ち上がる。


「おい、所轄の連中が捜査をはじめたばかりだぜ」 


「そう言うわけには行きませんわ。一応わたくしが担当している事件ですから……クバルカ中佐、カルビナ。帰りはタクシーを拾ってもらえませんかしら」 


「しゃーねーだろ。仕事優先だ」 


 ランの言葉に笑みを浮かべた茜は着物の襟元を調えるとそのまま店を出て行った。


「辻斬り……アイツも今回の犯人を追って出てきたか……」 


 ようやく温まった鉄板に誠の三倍豚玉を広げながら苦々しげにかなめはつぶやいた。


「でも法術師を狙ってわざわざやって来たんですかね。ただ都心じゃ捕まるかも知れないから郊外に現われただけなんじゃないですか?」 


 誠の言葉にかなめは思い切り酒を噴出した。


「何するのよ!」 


 顔面に直撃を受けたアイシャは叫ぶと同時にハンカチを探してコートに手を伸ばす。驚いた春子も厨房に飛び込んだ。


「クラウゼさん、これ」 


 春子から手ぬぐいを受け取ると顔を拭くアイシャ。その様子をまるで無視しているかのようにカウラは一人烏賊玉を焼く。誠はいつものことながら食事中に異常な集中力をみせるカウラに呆れながら隣のかなめに目をやった。


「都心より郊外の方が良いだって?そんな訳ねえよ。薄暗がりの街の中。特に抜刀なんて言う近接戦闘メインの作戦行動を取るには都市部の方がやりやすいんだ。戦闘発生時の距離が常に近いからな」 


「さすがに非正規戦闘のベテランは言うことが違うな」 


 烏賊玉をひっくり返して一息ついたカウラの一言。かなめは得意げに再びグラスを手に取る。


「じゃあ、やっぱり狙いは今回の法術師ですか?」 


 誠の言葉にそれまで騒いでいたシャムや島田まで黙り込んで静寂が支配した。


「普通に考えりゃーそうなるな。飼い主は分からねーがこの辻斬りは間違いなく法術師だ。そいつの飼い主が相当な馬鹿野郎ならいざ知らず、いままで狂犬を官憲から匿い続けているところから見ても、かなりの情報通だ。今回の法術師に関心を持ってねー方がおかしいくらいだ」 


 ランの言葉にうなづくラーナ。ただ不安そうに周りを見るパーラに少しばかり同情しながら誠はそれまでかなめが焼いていた自分の豚玉にソースをかける。


「最悪のパターンも想定しておくべきね。人斬りと今回の一風変わった法術師の両方に同時に出会うケース。想定していないと最悪の事態になるわね」 


「アイシャさん。最悪の事態って……」 


 誠は豚玉を切り分けながら目の前で箸でたこ焼きを半分に割っている濃紺の長い髪の持ち主に語りかけた。


「馬鹿だな。オメエの能力が奪われた状態で人斬りにマンツーマンで対応しなきゃならなくなることもあるってことだ」 


 ラムを飲むかなめの満足げな顔。思わずカウラは目をそむける。


「本当にこういうときは悪い顔をするわね、かなめちゃんは。まるでそうなるのが楽しみだって言いたいみたい」 


「そうか?」 


 アイシャの言葉を受け流しながらかなめは誠の豚玉の半分を奪い取ると自分の小皿に乗っけて食べはじめた。


「それ僕の……」 


「小さいことは気にするなよ。それよりカウラよう。得物は特別なのが使えるのか?」 


 豚玉を頬張りながらかなめがたずねてくるのを見て少し馬鹿り気分を害したと言うようにカウラはたこ焼きに伸ばした箸を置いた。


「特別な許可は降りていない。使用可能なのは拳銃と貴様等がキムに送った警察官給品の低殺傷火器だけだ」 


「マジかよ……東都警察はアタシ等を殺す気か?」 


 そう言うとかなめは静かにラム酒を喉の奥に流し込んだ。


「まあ相手は日本刀を振り回しているだけの暴漢と言うのが上の見方だから仕方がないか」 


 アイシャとカウラの会話で誠は今回の事件がかなり危険なものだと言うことだけは理解できた。


「同盟外事局の連中から辻斬りさんの飼い主に何とか言ってくれねえかな。『うちはローリーサルウエポンしか使用しませんから手加減してください』ってさあ」 


 ラム酒の便を手に自分のグラスに酒を注ぐかなめ。沈鬱とした空気が場に流れる。


「おいおい、オメー等がそんな弱気でどうすんだよ」 


「姐御……弱気にもなりますよ。相手はこれまで少なく見積もって8人は斬ってる狂犬ですよ。それと何だかよく分からない能力の持ち主が敵に回る……」 


「同時に相手をしなきゃいいだろ?それにいざとなれば拳銃で仕留めるくらいのことはいつも言ってるじゃねーか」 


「姐御……」 


 いつの間にか誠達のテーブルの隣に立って弱音を吐くかなめからラム酒のビンを取り上げたランはそのまま半分以上酒が残っているかなめに瓶を差し出した。


「注ぐならこいつにしてくださいよ」 


 かなめは隣でビールをちびちび飲んでようやく空にした誠に目を向けた。


「え?あ?うーん」 


「そうだな」 


 にんまりと笑ったランはどくどくと誠のグラスにラム酒を注いだ。


「クバルカ中佐!」 


「良いんだよ。アタシの酒だ。飲めるだろ?」 


 凄みの聞いた少女の表情。誠はいつの間にか頭の中に異常な物質でも発生しているのではないかと言うような気分になってグラスを手にした。


「ぐっとやれ、ぐっと」 


 ランの言葉が耳元で響く。アイシャもカウラも決して助け舟を出す様子は無い。


 諦めた誠は一気にグラスの中の液体を空にした。そしてそのまま目の前が暗転するのを静かに理解することしかできなかった。

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