第603話 結婚

「馬鹿な遊びをしてるじゃねーか。烏賊?タコ?どっちだっていーじゃねーか」 


 入り口すぐのテーブルをランは占拠した。その正面には珍しそうに島田の悩む姿を眺めている茜とラーナの姿がある。


「お待たせしました!」 


 セーラー服にエプロン姿の小夏がビールを持ってランに迫る。その後ろには猫耳をつけたままのシャムがコップと付き出しを持って並んでいた。


「シャム!」 


「駄目だよ俊平。飲酒運転になるよ」 


「付き出しを取ってくれってこと。俺は烏龍茶で良いよ」 


 そう言うとカウンターに座っている吉田は目の前の箸入れから割り箸を取り出した。


「吉田!オメーは体内でアルコールを分解するプラントを抱えてるはずだろ?」 


 早速ビールを飲みながら赤い顔のランが絡む。それを一瞥するとカウンター越しに烏龍茶を差し出す板前の源さんからコップを受け取りながら吉田は烏龍茶で唇を浸した。


「軍用義体だから多少の毒くらいは人工肝臓ですぐに解毒はできるけどさあ……酔ってる感覚が良いんじゃないか、それが楽しめないくらいならそもそも飲まないよ、俺は」 


 吉田はそう言いながら箸を進める。そんな吉田の隣ではすっかり機嫌を損ねたというようにシャムが頬を膨らませている。


「考え方が間違ってるよ!俊平はお偉いさんだからみんなのお手本にならなきゃいけないんだよ!だから運転する時はお酒は飲まないの!」 


 シャムの元気な声が響く。


「シャムちゃんは偉いのね」 


 アイシャの問いにシャムは大きくうなづいた。かなめはそれを見て一度誠の顔をまじまじと眺めた後少し斜に構えるようにして笑みを浮かべた。


「西園寺さん。何が言いたいんですか?」 


「いや、なんでも……」 


「かなめちゃんはボトルよね。……ラム?ジン?」 


「ラムで。それと!食うもん頼もうぜ。アタシは焼きそば!」 


 かなめの注文を聞いてそのまま厨房に春子は消えた。手伝いの小夏はエプロンからメモ帳を取り出して周りを見渡す。


「私は……たこ焼きにしようかしら……カウラちゃんは?」 


「鉄板があるんだ。烏賊玉かな」 


 テーブルの中央の鉄板を覆っていた板を慣れた手つきで外すとカウラは今度は視線を背後のラン達に向けた。


「アタシは豚玉で……ラーナもか。茜、どうするよ」 


「わたくしは……あまりたっぷり食べる気にはなりませんの。つまみ程度で数品見繕ってくださいな」 


「じゃあアンコウ肝のいいのが入ったって源さんが言ってたからそれをメインで行きます?」 


「お願いするわ」 


 ラン達幹部連の注文を受けるとメモを持って奥に小夏は消えた。


「まだ決まらないのか?」 


「ちょっと量を食べたい気分なんで」 


 機嫌がよさそうなカウラに急かされながら誠はしばらくお品書きに目を向けて黙っていた。


 足早に厨房から現れた春子は手にしたラム酒の瓶をかなめに差し出した。


「飲みすぎないでよ」 


「気をつけまーす」 


 春子の言葉の意味など解さぬようにかなめはたっぷりとグラスにラム酒を注ぐ。呆れたようにカウラはかなめの手元のグラスに目をやった。


「飲みたいのか?」 


「まさか」 


「はい!お待たせです!」 


 失笑するカウラを見ていた誠の耳元で手に盆を持った小夏が現れて注文の品をテーブルに並べていく。

ついその動作に見とれて誠は手元のメニューを取り落とす。


「神前の兄貴。しっかりしてくださいよ。それより注文は?」 


「豚玉の三倍で」 


「誠ちゃん!それアタシの真似じゃないの!小夏ちゃん、私も」 


 吉田の隣のカウンターでビールを手酌でやりながら叫ぶシャム。小夏は笑顔を浮かべながら厨房に消えていく。


「上、妙に静かじゃねーか。島田の。法事でもやってんのか?」 


 ビールを飲んで顔を赤くしながらランがたこ焼きの中身当てに失敗してうつむいている島田に声をかけた。二階を占拠して飲み続けているという警備部の屈強な男達の沈黙。その事態に隣のサラもパーラもランの質問に首をひねる。


「女将さん。アイツ等……」 


「始めたのが昼間からだったから……潰れてるんじゃないかしら」 


 阿鼻叫喚の地獄絵図にならずに済んでよかったというような表情で春子は笑う。彼女を見ながら誠もビールを飲み続ける。


「しかしアイツ等もマリアの姐さんのお手伝い係だからな……大変なんだろ」 


 相変わらずカウンターを背にテーブル席の誠達を眺めていた吉田はそう言うと烏龍茶を飲み干した。


「まあうちも大変だけど」


『何か言った?』 


 かなめの言葉にランと茜が同時にステレオで叫んでいた。思わずその様子に誠は苦笑いを浮かべた。


「それにしても大変そうだな」 


 烏賊が入っているたこ焼きを当てられずに島田は懐からガソリンスタンドのカードを取り出してパーラに手渡しながらつぶやいた。


「何?正人君も入りたかったの?」 


「そんなことは無いですけど……法術を乗っ取る犯人でしょ?俺みたいに死なないだけが取り得の法術師の方が適しているんじゃないかなあとか思っただけですよ。力を乗っ取られても別に何も起きないですから」 


 そう言いながら最後のたこ焼きを口に入れる。


「オメーはバックアップだよ。同盟厚生局の事件じゃあオメーにぜひ参加してもらえって隊長に言われてたからな。まああれだ、今はじっくり明華の仕事のやり方を見ておけってことだ……アサルト・モジュールのエンジン交換のシミュレーション。終わってねーんだろ?」 


 ランはすでに手酌でビールを飲み始めていた。


「そうだぞ、島田。シャムのクロームナイトや隊長のカネミツの整備の手順とかは明華さんのお手の物だけど代わりがいないからな」 


「代わり?」 


 突き出しの小さい烏賊を箸でつかみながらの吉田の言葉に島田はしばらく考えながらつぶやいた。


「正人!明華お姉さんは6月に結婚でしょ?」 


「でも寿退職とかする人には見えないんですけど……」 


 隣のサラの言葉に首をひねる島田に思わずサラとパーラがため息をついた。


「結婚すれば……子供ができてもおかしくないな……まあしなくてもできる時はできるか」 


「かなめちゃん!」 


「事実だろ?」 


 かなめとアイシャの掛け合いを見てようやく分かったと島田は膝を打った。


「わかりました。とりあえず目の前の仕事に……」


「そうだ精進してくれ」


 ランはそう言ってカラカラと笑った。

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