終章
第554話 終章
『そうよ!またきっと!会おうね!ランちゃん』
『ああ、ぜってー会いに来るからな!』
画面の中の白い魔法少女と赤い魔法少女。シャムとランがそう叫びながら次元を超えていく。シャムの肩に手を乗せる小夏。一人涙をぬぐうかなめ。そしてFINの文字が躍る。
「なんだか……全然内容違うじゃないですか」
全身タイツのマジックプリンスの格好で誠はラストのシーンを呆然と見つめる。
「そうねえ、まあ吉田少佐のことだからこうなるんじゃないのかなあって思ってたんだけど……」
伊達眼鏡で先生風の雰囲気を表現していると自分で言っていたアイシャの言葉。そして映写機の隣でガッツポーズをしているだろう吉田の顔を思い出す。
「良いんじゃねえの?受けてるみたいだしさ」
魔法少女と呼ぶにはごてごてしたコスチューム。それ以前に少女と呼べない姿のかなめが明るくなった観客席で伸びをしているアイシャの知り合い達を眺めていた。
「そうだな、アイシャの友達が切れたら大変だからな」
そう言うカウラだが隣に立っているサラは微妙な表情をしていた。途中で帰る客をさばいていたパーラも引きつった笑みを浮かべている。
「それにしてもなんでこんなに空席が?始まった時はもっと埋まっていたような……」
かえでの言葉に青ざめるサラとパーラ。
「かえでちゃん……人にはそれぞれ趣味や嗜好があって……」
「本当に楽しいのか?これが」
かえではごてごて飾りつけられた格好を見せびらかす。誠はその言葉でアイシャのこめかみがひくつき始めたのを見逃さなかった。
「よう!良く仕上がったろ?」
映写室から出てきた吉田が満面の笑みでアイシャを見下ろす。明らかにアイシャと吉田が昨日見た状態と違っていたのは間違いない。誠は二人の一触即発の雰囲気に逃げ出したい気分になった。
「そうね、さすがは吉田さんですね……」
アイシャの言葉が怒りで震えている。そこに突然女の子が入ってきてアイシャの髪を引っ張る。
「シャム!ちょっと!」
アイシャは慌ててまとわりついてきたシャムを振りほどく。
「もっとかっこよくならなかったのかなー!」
シャムはそう言って先ほどまでスクリーンに映っていた格好で杖をアイシャに構える。
「それは吉田君に言ってよ。私は知らないわよ!」
逃げ出そうとするアイシャだが、楽屋の入り口には赤い魔法少女ランの姿があった。
「クラウゼ……テメー!あれじゃあアタシはまんま餓鬼じゃねーか……それに最後は……」
追い詰められたアイシャ。吉田の画像処理でシャムと最終決戦を前にディープキスをすると言う展開。当然それを知らないランとシャムは怒りの視線をアイシャに向けていた。
「知らないわよ!あれは吉田君が!」
「先任を君付けか?良い身分だな」
すっかりアイシャを追い詰めたことに吉田は満足そうにほくそ笑む。誠は自業自得とは言えアイシャに同情の視線を送った。
「ったく……元気だねえ」
「隊長」
ぬるい調子の声に誠が振り向くと、まだ嵯峨は大鎧を身に着けたまま控え室に腰をかけていた。
「いたんですか?」
「いたよ?いちゃわるいのか?」
そう言いながら缶コーヒーを飲む姿は実にシュールに見えた。
「あれ、叔父貴の指示か?シャムとランのラブストーリー……」
「あのなあ、俺がそんな指示出すと思うか?こいつの独走だ」
そう言って嵯峨が吉田を指す。
「だってマニア向けにしろって言ったのは……」
「知らない、聞こえない」
吉田のいい訳に嵯峨は耳をふさぐ。
「きっかけはやはり隊長じゃないですか」
誠の言葉に嵯峨は困った顔をする。
「そんな顔したって無駄だよなー」
「うん!」
恐る恐る嵯峨が振り返るとそこにはシャムとランが立っていた。
「俺はマニアックにしろって言っただけで……」
「聞く耳持たねえよ!」
「問答無用!」
そうして二人で嵯峨の兜を杖でぽかぽか殴る。
「馬鹿!コイツに傷ついたら!」
嵯峨はそう言うと立ち上がって逃げる。それを追いかけるラン。急な展開についていけなかった誠だが、さすがに止めようと思って立ち上がる。
フロアーを逃げたはずの嵯峨を追って出た誠。そこには地味な服を着た集団に囲まれて立ち止まって助けを求めるような視線を送るランがいた。
「君……かわいいね……写真を一枚」
「あのーサインはしてもらえますか?」
「出来ればラストの台詞を……」
怪しげな一団が携帯端末を手にランを取り囲んでいる。
「はいはーい。うちの娘に手を出さないでねー!順番で写真撮影を……」
「馬鹿野郎!」
その場を仕切ろうとしていたアイシャにランは思い切り延髄斬りを食らわせた。
「なによ!せっかく助けてあげたのに」
「助けるだ?オメー……。助けるってのは違うだろうが!」
怒鳴り声を響かせはじめたランとアイシャにさすがの観客も引き気味にそれを眺める。
「今度こそは……」
「なんなんですか?」
エントランスホールの片隅で隠れているつもりらしい嵯峨に誠が声をかけた。
「いきなり話しかけるなよ。俺は気が弱いんだから」
「冗談はそれくらいにしたほうがいいでしょう」
誠の後ろからの声に覗き込む嵯峨。そこには笑顔を浮かべてはいるものの目の笑っていないマリアがいた。
「ああ、シュバーキナか」
「シュバーキナか、は無いんじゃないですか?あんまりクラウゼをいじめてるとしっぺ返しを食らっても知りませんよ」
そう言われて落ち込んだように嵯峨は下を向く。
「だってさ、この上映にかかる費用とかは確かに市が持っていてくれてるけどさあ、製作までにこいつ等が馬鹿やったり宣伝とか言ってあっちこっちに秘匿回線まで使って連絡しまくったりする費用うち持ちなんだぜ」
「だからと言ってこういうふざけたことは駄目ですよ。ちゃんとあとで吉田を説得してクラウゼに謝罪しましょう」
そう言い切るマリアにさらに嵯峨が落ち込む。
「でも良いじゃないですか。これの方が面白かったですよ。実際、登場人物の設定には近かったですし」
誠の言葉にマリアの目が輝く。
「設定なんてあったのか?もしかして衣装とか決めたの神前だからその時クラウゼから何か貰ったんだな!」
食いつきの良すぎるマリアに誠は慌ててうなづく。
「後で見せてもらうとしてだ。あれどうするんだ?」
携帯端末を持った男性陣の前でポーズを取るシャム。相変わらず口げんかを続けるアイシャとラン。それをニヤニヤしながら止めるわけでもなく眺めている吉田とカウラ。かなめの姿が見えないのはタバコでも吸いに行ったのだろう。
「隊長!許大佐は……」
「アイツはとっとと基地に帰ったよ。シュバーキナ。落とし前は頼むわ」
司法局実働部隊の事実上の最高実力者の技術部部長許明華大佐がいない今、この状況を収められるのは警備部長のマリア・シュバーキナ少佐しかいなかった。マリアは今度はいつもの笑っているとも怒っているともわからない無表情を浮かべて騒いでいるラン達に向かっていく。
「はいはーい。お楽しみ会はここまで!皆さんお気をつけてお帰りください!」
司法局の制服で手を叩きながら近づくマリアを見て客達はようやく平常を取り戻して出口へと向かう。
「やるもんだなクラウゼ」
ランは息を切らしてホールの中央で仁王立ちする。
「小さいくせにやるじゃない」
同じようにアイシャは立ち尽くす。
「見てみな、誠ちゃん。友情が芽生える瞬間だよ!」
シャムが近づいてきた誠にそう声をかける。
「やっぱりこいつ等馬鹿だな」
カウラのその一言がしみじみと誠の心に染み渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます