第551話 再開

 スキップでもはじめそうなアイシャの後に誠は続いて進む。


「楽しそうですね」 


「そう?」 


 軽快な足取りでアイシャはパーラの背後に回り胸に手を回す。そして両手でパーラの胸に手を回した。


「何すんのよ!」 


 パーラには叩かれてもアイシャは気にする様子も無くパーラの胸を揉みながらそのまま会議室に入る。


「よう、ラストは俺に任せろよ」 


 そう言いながら吉田は冊子をアイシャに渡す。そこでアイシャが明らかに不機嫌そうな顔になるのを誠は見つめていた。


「何よ、これ」 


「台本だろ?他に何に見えるんだ?」 


 吉田はあっさりそう言うと誠とパーラにもそれを渡していつものモニターの並ぶところに腰掛ける。


「当然だな。これでかなりまともになる」 


 そのカウラの言葉にマリアまでもがうなづいていた。アイシャの台本を没にする。確かに思い出してみればシャムとランのキスシーンを入れると言うラストの案はさすがに無理があった。


「ちょっと!私の立場は!」 


「好き勝手やったんだ。十分楽しめただろ?」 


 冊子を開いて視線も向けずにランがそう言い切った。肩を落とすアイシャ。


「とりあえず……台詞……」 


「どうせ私の出番は無いわよ!」 


 誠が声をかけるが無視するアイシャは頬を膨らまして部屋の隅に向かう。


「あ、いじけた」 


「しょうがないわよ」 


 サラとパーラもいつものようにはかばってくれないと知ってアイシャはさらに部屋の隅に座っていた椅子を寄せる。


「そう言えば西園寺は?一緒じゃないのか?」 


 そんな何気ないカウラの一言にアイシャが反応した。彼女はそのまま立ち上がるとパーラとサラの手をつかんで引っ張る。


「何すんの!」 


 サラが暴れているが寄せた耳にアイシャが一言二言。すぐにサラの目が輝いてくる。


「あのー?」 


「ああ、誠ちゃんは聞いちゃ駄目!」 


 手を振るサラ。パーラも自然とアイシャのつぶやきに耳を貸す。


「なにがしたいんだか」 


 カウラはそう言うと一人カプセルの中に体を沈めた。誠もアイシャ達の奇妙な行動の意味を詮索するのが無理だと悟ってカプセルに体を横たえた。


「あ!そう言えば小夏ちゃんはどうするの?」 


 シャムの言葉に誠は吉田を見た。相変わらず目の前のモニターを凝視している。


「アイツのボイスサンプルは十分取れたからな。俺が編集で何とかするよ」 


「だったら全員のでやってくれれば良かったんじゃないか?」 


 カウラが愚痴る。誠も苦笑いを浮かべながら一度ヘルメットをしたもののそれを外して起き上がる。


「そう言えば西園寺さんは……」 


 誠は戻る気配の無いかなめを思い出した。その言葉にアイシャとサラとパーラがいかにもうれしそうな顔で誠を見る。


「……どうしたんですか?」 


 明らかに変な妄想をはじめた時のアイシャ達の瞳が輝いている、誠は自然と背筋が寒くなる。


「そうだな、西園寺がいないとはじめられないな。アイシャ、呼んで来たらどうだ」 


 こちらも上半身をカプセルから持ち上げているカウラの声。今度はアイシャ達の視線はカウラに向く。

三人に浮かぶ明らかに何かをたくらんでいる笑い。


「……気味が悪いな。西園寺が何かやってるのか?」 


「大丈夫。もうそろそろ来ると思うぞ」 


 突然そう言ったのは吉田だった。アイシャが特別うれしそうな顔をする。


「吉田くん!もしかして覗いてたの?一階の北側の女子トイレの奥から二番目」 


「バーカ、勘だよ勘!それにしても細かい指定だな。いるところがわかるならお前等が連れて来いよ」 


 そう言う吉田をパーラが汚いものを見るような目で見ている。


「なんだよ!信用ねえな!見て無いって!女子トイレには監視カメラは無いから。付けてようものなら明華の姐御に殺されるよ」 


「はいはい!わかりました」 


 手を叩くアイシャを吉田がにらみつける。


「本当に見てない……あっ来た」 


 吉田の言い訳にあわせるようにいつもよりも明らかにテンションの低いかなめが入ってくる。そしてかなめは誠を見るなりすぐに視線を落としてしまった。


「ねえ、何をしていたのかな?」 


「タバコだよタバコ」 


 再びうれしそうな視線をかなめに向けるアイシャ達。


「あ、こんなところに!」 


 そう言ってかなめのスカートのすそを指差すサラ。かなめは慌てて視線を落とす。


「なんだよ!何も付いてないだろ!」 


 その言葉に飛び跳ねそうな反応を示すかなめ。誠とカウラはわけも分からず見守っていた。


「あのさー。人数そろったんだからはじめろよ」 


 奥のカプセルからの声。ランが痺れを切らしたのは間違いなかった。


「じゃあ深くは詮索しないからそこのカプセルに……」 


「詮索しないならはじめから言うんじゃねえよ」 


 アイシャの言葉にうろたえて見えるかなめ。彼女はなんどかちらちらと誠を見ていた。その頬が赤く染まっているのを見て、誠はいつものように酒を飲んでいたのだろうと安心してヘルメットをかぶりバイザーを下ろした。


「でも本当に何をしていたんだ?」 


 カウラの言葉をかなめは完全に無視する。


 バイザーを降ろした画面には夕暮れの河川敷が写されていた。魔法少女のコスチュームのシャム、小夏、ラン、そしてかなめ。その隣には悠然とパイプを吹かしている明石の姿がある。さらになぜかカウラ、リアナ、嵯峨の姿まであった。


「ランちゃん……」 


 夕焼けの中、シャムを見つめて立ち尽くしているラン。手を伸ばされてもしばらく躊躇していた。


「貴様も私も裏切り者ってわけだ」 


 そう言ってかなめはシャムとランの二人の手を握らせた。


「機械魔女が機械帝国に逆らうとは……いつか消されるぞ」 


 ランの搾り出した言葉にかなめは笑みを浮かべる。


「所詮アタシは機械だ。寿命がくれば壊れるものさ」 


 そう言うとかなめはランの手を握り締めた。


「よし、シャムだけじゃ心もとないものね!」 


 そう言って小夏がその手を上に載せる。


「プリンス!」 


 シャムが誠を見つめてくる。全身タイツの誠もそこに手を乗せた。


「いつか……きっと救えるよ。諦めなければ!」 


 シャムの言葉に全員の決意の表情が画面に映る。それを満足げに見つめる明石。そこで画面が途切れた。


「あれ?これだけ?」 


 シャムは起き上がって吉田を見つめた。


「あっさりしすぎてないか?それともいろいろといじるのか?」 


 シャムを無視して画面を見つめている吉田にランも声をかける。


「まあ、そんなところかな……」 


「なんだよ、これだけならオメエが編集してつくりゃあ良いじゃねえか」 


 ようやくいつもの調子に戻ったかなめが愚痴る。


「さあ、それじゃあ見せてもらうわよ。吉田さんの実力と言う奴を」 


 挑発的な言葉のアイシャだが、吉田はまるでかまうつもりは無いと言うように相変わらず画面を覗いていた。


「そう言えば西園寺はさっき……」 


「カウラ。何も言うな……ってその目はなんだ!アイシャ!」 


 かなめは再びニヤニヤしているアイシャを怒鳴る。


「寂しいのね、そうなのね、かなめちゃん」 


 その言葉を聞くと顔を真っ赤にしたかなめはカプセルから飛び起きた。部屋を出て逃げ出すアイシャ。猛然と襲い掛かるかなめ。


「元気があっていーねー」 


 もはや呆れたと言う状態を超えたと言うようにわらうランの姿がそこにはあった。誠はアイシャとかなめの行動の意味がわからずに呆然としている。


「何か言いたそうね」 


 顔を出すサラ。誠は頷くが口に手を添えて忍び笑いをするだけでサラは何一つ答えるつもりは無いように見えた。諦めた誠は廊下の外のかなめの叫び声を聞きながら苦笑いを浮かべていた。

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