第538話 魔導の戦い

「なるほど!アタシに本気を出させたいわけだな!」 


 ランもまた力の限り自分の身長を超える剣を振りかざす。二人の得物が激突し、強烈な光があたりを覆った。


「なに?なにが起きたの!」 


 上空でまぶしさに小夏は目をつぶってしまう。


「シャム!」 


 思わずグリンが叫ぶ。そしてかなめは強力そうなこぶしを握り締めて笑みを浮かべる。


 三人に見守られる中、強烈な光がいくつもの稲妻で当たりを染めながら次第に薄くなっていく様子が見て取れた。


「やるもんだな……」 


 肩で息をしてシャムの桃色に輝く杖に受け止められた剣をランは手馴れたように腰の鞘に収める。その赤いドレスはぼろぼろに破れ、頬にはいくつもの傷が見て取れた。


「ランちゃんもね」 


 同じくシャムも魔法少女の衣装をぼろぼろにしながら杖を掲げる。そのまま息を整えながら二人は上空で見詰め合った。


『青春だねえ』 


 突然抜けたような声が響いたので誠は驚いた。いつの間にか会議室に紛れ込んでいた嵯峨がウィンドウ越しに割り込んでくる。


『新さん。良いんですか?お仕事は』 


 春子の言葉に誠もいくつか付け足したい気分だった。


『ちょっとくらい匿ってくれたっていいじゃないですか』 


『サボるな!』 


 女性としてはハスキーな張りのある声。それが遼州同盟司法局機動隊、通称『特務公安隊』隊長の安城秀美のものであることは誠にもすぐに分かった。昨日同盟本部に法務司法執行機関および治安関係団体幹部会議を『頭が痛い』と言って欠席して隊長室で刀を研いでいたところは誠も目撃していた。 


『春子さん、嵯峨特務大佐はお借りしますから』 


『どうぞご自由にお使いください』 


 春子に見放されて落ち込んでいるだろう嵯峨の顔を想像して誠は思わず笑いそうになる。再び誠が画像に意識を向けるとすでに逃げ去ったランを見送るシャムの姿があった。


「シャム!なんで私に助けを求めなかったの?せっかく捕まえられるチャンスだったのに!」 


 すでに戦いは引き分けに終わりランが逃げ去った後だった。小夏はシャムのところまで降下すると責め立てた。でも口を真一文字に結んだシャムは謝るつもりはないというように小夏をにらみつける。


「良いじゃねえか!このくらいの気迫が無けりゃあ戦いなんてできないもんだ」 


 相変わらずどう見ても敵の魔女と言うか機械人間のように見えるかなめが良い顔でシャムの頭を撫でる。


「そんなスポーツじゃないんだよ!いつかは決着をつけなきゃいけない……」 


 そう叫ぶグリンの口にかなめは手をやる。


「それよりこのままにしておくつもりか?」 


 かなめはそう言うと下の光景を見下ろした。グリンだけでなくシャムも小夏も眼下の光景を眺めた。神社と小学校の木々の頭の部分が焼け焦げ煙を揚げている。一方ランが突風を吹かせた影響で小学校のガラスがすべて砕けて無残な姿を晒していた。


「分かりましたよ!後で明石司令に報告します!」 


 そう言うとグリンは両手を広げた。彼の手からあふれ出た光の粒が小学校と隣の鎮守の森を包む。木々は再び生き生きと茂り始め、小学校の砕けた窓ガラスが元に戻っていく。


『これは凄いな』 


『え?カウラさん来てたんですか?』 


 突然のカウラの声に少しばかり誠は焦った。次のシーンは明石の喫茶店に誠に会いにカウラがやってくる場面になるはずだった。


 画面では小学校の屋上に舞い降りてもとの制服姿に戻るシャムが映されていた。


『おい、アイシャ。ちょっといろいろといじりたい場面があるんだが……少し休憩ってことにならないかな』 


 吉田の声が響く。


『そうですか、じゃあしばらく休憩しましょう』 


 映像関係の責任者の吉田の一声で、バイザーの中に映っていた画面が消える。誠はそのままヘルメットを外してカプセルから起き上がる。


「あー疲れた……あっ!食べちゃったんだ!ずるいんだ!」 


 いち早く飛び上がるようにして起きていたシャムが入り口に置かれたおはぎが入っていた重箱が空になったのを指して膨れっ面をしている。


「だって硬くなったらもったいないじゃない!」 


 そう言ってサラは重箱に蓋をしている。その脇ではシャムの怒っている姿が面白いのか、珍しくニコニコ笑いながら明華と明石が口を動かしている。


「よし、それじゃあ仕事に戻るぞ」 


 そう言うとカウラは誠の襟首をつかむ。シャムとサラ達がにらみ合っている状況を見物していた誠はかなめの手を引っ張って会議室から廊下へと歩き出した。


「なんだよ神前。アタシは仕事は終わってるんだよ!」 


 そう言って逃げ出そうとするかなめに誠は泣きついた。


「僕の端末の画面をどうにかしてくださいよ」 


 廊下に出た誠の言葉にかなめは頭を掻く。そして思い出したようにかなめが手を打ったところから彼女が自分のしたことを忘れていることに誠はただ呆然としていた。


「分かったよ。しかし、オメエ等仕事が遅いねえ」 


「電子戦対応装備のサイボーグを基準で判断されてはたまらないな」 


 そう言ってカウラはかなめを余裕の表情で一瞥するとそのまま実働部隊の部屋へと向かう。部隊長の余裕を見せられたかなめは明らかに含むところがあると言う表情でカウラについて歩く。


「まあ、しゃあねえかな。隣の怖い警視正殿の面目を潰すわけにもいかねえだろう……しな!」 


 そう言うとかなめは法術特捜の間借りしている部屋のドアを開けた。ドアには茜が張り付いていたが、誠と目が会うと空々しい笑顔を浮かべて茜は奥へと消えていった。


「信用ねえな、神前は」 


「え?僕がですか?」 


 不満そうな誠の声を聞くとかなめはいかにもうれしそうな笑顔を浮かべて早足で詰め所に向かう。さっさと部屋に入ったカウラに二人は顔を見合わせてドアを開く。


「おっとロナルドの旦那、戻ってたんだ」 


 かなめの言葉に誠も部屋の中を覗き込む。コーヒーを飲みながら誠の端末の画面を見ながら談笑している第四小隊の三人の姿が見える。


「おっと!マジックプリンスとキャプテンシルバーの登場だ!」 


 地声の大きいフェデロ・マルケス中尉の声に誠は照れ笑いを浮かべる。一方、隣にいたかなめは先ほどの自己陶酔演技を思い出したのか顔が真っ赤になっていく。


「おい、フェデロ!あんまりからかうなよ」 


 慎重派のジョージ・岡部中尉はそう言うと誠の端末の前から自分の席へと戻る。そんな部下達に肩をすぼめて第四小隊小隊長ロナルド・スミスJr特務大尉はそのまま自分の席に戻って仕事をはじめる。


「まあいいや、神前ちょっと待ってろ」 


 誠のモニターは相変わらず映画の画面が映し出されていた。吉田がシャムとランの戦いの場面で画面を固定しているようで、スローで再生しながら映像効果を付け加えている様子が分かる。かなめは端末のモニターのジャックに首筋から取り出したケーブルをつなげた。


 すぐさま画像が切り替わり、茜に指示されたプロファイリング資料が映し出される。


「ああ、これでようやく仕事ができそうですよ」 


「そうか。それなら今隊長室に呼び出された奴の分までがんばれや」 


 かなめはそう言うと自分の席に戻る。


「呼び出された?」 


 そう言ってカウラの顔を見ると彼女はすぐにドアの外を指差した。隊長室をノックしているアイシャの姿が見える。


「ああ、安城さんが来るのが分かってれば対策も立てれたのにねえ。吉田の奴、知ったんだろうな」 


 連続放火事件のファイルをモニターで眺めながらコメントをくわえる作業を続けているカウラが画面を見たままそう言った。嵯峨がどうしても下手に出なければならないまじめに仕事をすることを要求する相手。それが安城秀美少佐だった。司法局の特殊部隊でも一番精鋭とされる機動部隊の指揮官の来訪で嵯峨が形式的なお小言をアイシャにしなければならなくなった様子を見ながら誠は大きくため息をついた。


「たぶんそうだろう。性格悪いねえ吉田の電卓野郎は」 


 かなめは机に足を投げ出してそのまま天井を見ながら人の悪そうな笑みを浮かべていた。誠はようやく連続放火事件の資料の整理を終えて最後の車上荒らしの事件の資料を探すために画面をスクロールさせていた。


「でもこれでしばらくはアイシャに付き合う必要もなくなるな」 


 そう言ってかなめは笑う。それに誠は愛想笑いを浮かべるしかなかった。


「じゃあ仕事がんばれよ」


 かなめに言われて誠は苦笑いを浮かべる。カウラはすでに仕事に集中していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る