第490話 祭りの賑わい

「おめえ、ちっとは空気読めよ。それにあちらの人達に誤解を与えるじゃねえか」 


 そう言ってかなめが指を差すのは大鎧姿でお互い写真を取り合う見るからに荒くれ武者と言う風の三人の男がいた。


 第四小隊、ロナルド・スミスJr大尉、ジョージ岡部中尉、フェデロ・マルケス中尉である。米軍からの出向の彼等は、まるで子供のようにカメラを構える濃紺のブレザーの司法局勤務服を着たレベッカ・シンプソン中尉の前で刀を抜いてポーズを決めている。


「いいじゃないの、どうせあの三人にはサムライはみんなサムライでひとくくりなんだから。それにこれは私の趣味よ」 


 そう言ってアイシャは鎧をガチャガチャとゆすらせながら誠に近づく。


「まあ趣味は趣味でいいんですけどね。どうせアイシャさんのは自前なんでしょ?」


 誠は苦笑いを浮かべながらつぶやいた。


「そうよ!隊長の顔で安くなったと言ってもボーナス半期分吹っ飛んだんだから」


「そんなの自慢になるかよ」


 自分の金使いの荒さを自慢するアイシャをかなめはあきらめたように見つめていた。


「お姉さま……ここにいらしたですね!」 


 誠の背後から黒糸縅の渋い大鎧を着込んだ中性的な面立ちの美しい女性士官が突如現れた。かなめの妹にして嵯峨惟基の義娘、実働部隊第三小隊隊長嵯峨かえで少佐だった。


「やはりよくお似合いですね、かなめお姉さま」 


 そう言ってかえでは自然な風を装いかなめに手を伸ばそうとするが、かなめは逃げるように思い切り後ろに身を引いた。その姿を確認するかえでの頬が赤く染まる。


 幼いころ、かなめに散々いじられているうちにかえではそれを愛と勘違いしてしまったかえで。彼女は一途にかなめのサディスティックな一面に陶酔している変人だった。


「向こう行けよ。アタシはもうすぐ着替えるんだから……」 


 誘惑するようなかえでの視線から逃げようとするかなめだが、かえではあきらめようとはしない。


「それなら僕がお手伝いしますよ」 


 そう言ってかえではかなめの後ろについていこうとする。


「だあ!オメエはカウラとか鎧の脱ぎ方もわからねえだろうから教えてやれ」 


 そう言うとかなめはかえでから逃げるようにして人ごみに飛び込んでしまう。ガチャガチャと響く鎧の擦れる音だけが残された。


「神前君」 


 誠は苦笑いを浮かべながらかえでを見ていた。


 かえでは振り返る。その誠を見る目は氷のように冷たい。いつものことながら誠はこの上官をどう扱えばいいのか思案しながら冷や汗を流した。明らかに敵意にを帯びたかえでの冷たい言葉に誠は諦めだけを感じていた。


「はい!なんでしょう!」 


「君は道場の跡取りだと聞いたからベルガー大尉とクラウゼ少佐の着替えを手伝ってやってくれ。僕はあの観光客気分の連中を何とかする」 


 そう言ってかえではじゃれあうロナルド達に向かっていく。ため息をついてカウラとアイシャの顔を見る。


「かえでさんもああ言ってることだし」


 アイシャはそう言うと誠の肩を叩いた。


「そうだな。ここでは邪魔になるだろう」


 カウラはと言えばそう言うとさっさと着替えの為に建てられた仮設のプレハブに向けて歩き出す。


 誠が振り返るとそこにはかえでに抱きつこうとするフェデロを投げ飛ばし、そのままロナルドと岡部の襟首を捕まえたかえでの姿があった。何も知らない観光客はその手際のよい組打ちに拍手をおくっている。


「まあ……あれは見なかったことにしましょう」


 そういうアイシャに同意するようにうなづくと誠は先を歩くカウラの背を追って走り出した。

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