第485話 ウェスタン気分

 すでに射撃場には人だかりが出来ていた。訓練をサボって首からアサルトライフルをぶら下げた警備部員が背伸びをしている。手持ち無沙汰の整備班員はつなぎの尻を掻きながら背伸びをしてレンジの中央を覗こうと飛び跳ねる。


「やってるな」 


 かなめはにんまりと笑って足を速める。それを見かけたブリッジクルーの女性隊員が人だかりの中央に向かって声をかけたようだった。


 すぐに人垣が二つに割れて中央に立つ少女が誠達からも見えるようになった。


「あいつ……馬鹿だ」 


 立ち止まったかなめのつぶやき。こればかりは誠も同感だった。


 テンガロンハット、皮のジャンバー、色あせたジーンズ。そして腰には二挺拳銃を下げる為の派手な皮製のガンベルトが光っている。西部劇のヒロインと言うよりもアメリカの田舎町の祭りに引っ張り出された少女である。


「ふ!」 


 わざと帽子のつばを下げたかと思うとすばやく跳ね上げてシャムは誠達を見つめる。隣ではそんなシャムをうれしそうに写真に取っているリアナの姿も見える。


「お姉さん……」 


 さすがにあまりにも満面の笑みの上官の態度にはアイシャも複雑な表情にならざるを得なかった。


「風が冷たいねえ……そういえばダコタで馬車強盗とやりあったときもこんな風が吹いていたっけ……」 


 そう言うとシャムは射撃場の椅子にひらりと舞うようにして腰掛ける。手にしているのは警備部長のマリア・シュバーキナ少佐の愛用の葉巻。タバコが吸えないシャムらしく、当然火はついていないし煙も出ない。


「何がしたいんだ?お前は?」 


「お嬢さん?何かお困りで?」 


 そう言うとシャムは胸に着けた保安官を示すバッジを誇らしげに見せ付ける。お嬢さん呼ばわりされたかなめはただ茫然とシャムを見つめた。タンクトップにジーンズと言う明らかに常人なら寒そうな姿だが、それ以上にシャムの雰囲気はおかしな具合だった。


「ああ、目の前におかしな格好の餓鬼がいるんで当惑しているな」 


「ふっ……おかしな格好?」 


「ああ、マカロニウェスタンに出てきそうなインチキ保安官スタイルの餓鬼」 


 そう言われてもシャムは葉巻を咥えたままにんまりと笑って立ち上がるだけだった。


「そう言えばネバダで……」 


 たわごとをまた繰り返そうとするシャムに飛び掛ったかなめがそのままシャムの帽子を取り上げた。


「だめ!かなめちゃん!返してよ!」 


 小柄なシャムがぴょんぴょん跳ねる。ようやく笑っていいという雰囲気になり、野次馬達も笑い始める。


「駄目よ!かなめちゃん!返してあげなさい」 


 上官と言うより保護者と言う雰囲気でリアナはピシリとそう言った。ようやくその場の雰囲気が日常のものに帰っていくのに安心して誠達は射撃レンジに足を踏み入れた。


 射撃場の机。シャムが飛び跳ねている後ろには、小火器担当のキム・ジュンヒ少尉が苦い表情で手にした弾の入った箱を積み上げている。


「たくさん集めましたねえ」 


 誠も感心する。そこには時代物を装うようなパッケージの弾の他、何種類もの弾の箱が並んでいた。技術部の銃器担当班の班長であるキム・ジュンヒ少尉がそれを一つ一つ取り出しては眺めている。


「まあな。結構この手の銃は人気があるから種類は出てるから。特に今、シャムの銃に入っている弾は特別だぜ。おい!シャム。いい加減はじめろよ」 


 キムの言葉に渋々かなめは帽子をシャムに返した。笑顔に戻ったシャムはリラックスしたように静かに人型のターゲットの前に立つ。距離は30メートル。シャムは一度両手を肩の辺りに上げて静止する。


「抜き撃ちだな」 


 カウラは真剣な顔でシャムを見つめていた。


 次の瞬間、すばやくシャムの右手がガンベルトの銃に伸びた、引き抜かれた銃に左手が飛ぶ。そしてはじくようにハンマーが叩き落とされると同時に轟音が響き渡った。


「音がでけえなあ……それになんだ?この煙」 


 かなめがそう言うのももっともだった。誰もが弾の命中を確認する前にシャムの銃から出るまるで秋刀魚でも焼いているような煙にばかり目が行った。風下に居た警備部員は驚いた表情で咳き込んでいる。


「キム少尉。これは?」 


 驚いているのはカウラも同じだった。ただ一人苦笑いのキムにそう尋ねる。


「ブラックパウダーと言って、黒色火薬の炸薬入りの弾ですよ。時代的にはこれが正しいカウボーイシューティングのスタイルですから。このコルト・シングルアクション・アーミーの時代はまだ無煙火薬は発明されてないですからね。まあ俺も使ってみるのは初めてだったんですが……」 


 そう言う説明を受けて納得した誠だが、撃ったのはいいが煙を顔面にもろに浴びてむせているシャムに同情の視線を送った。


「でもこれじゃあ……」 


「ああ、ちゃんと無煙火薬の弾もあるから。ブラックパウダーはそちらの一箱だけ。あとはちゃんと普通に撃てる奴ばかりだよ」 


 誠はようやく安心する。だが、弾丸はどれもむき出しの鉛が目立つ巨大な姿。警察組織扱いになっている司法局実働部隊だから使えると言うような鉛むき出しのホローポイント弾に苦笑いを浮かべた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る