第400話 博士
カウラは挑戦的な視線を送る片桐女史に感情を殺したような視線を送っていた。かなめはそもそも目を合わせることもせず、天井にタバコの煙を噴き上げていた。
「それが違法研究に流れたアンタの理屈か?つまらねえことで人生棒に振るもんだな」
ようやく落ち着いたかなめは片桐女史に冷たい視線を向ける。それに少しばかり動揺したように片桐女史は震える手でウィスキーを注ぐ。
その時、外に響くサイレンの音が近くまで来て止まった。それを合図に片桐女史は静かに立ち上がった。そのままふらふらと半開きの扉に向かう彼女を立ち上がってかなめが監視していた。
「大丈夫よ、自殺したりはしないから」
その挑戦的な視線に怒りをこめたかなめの視線が飛ぶ。
「こういうときが来たらこれを渡したくて。どうせ機動隊や一般警察の鑑識が知っても意味の無い情報でしょうからね」
そう言って部屋に入った片桐女史はそのまま一枚のデータディスクをかなめに渡した。外では物々しい装備の機動隊員が装甲車両から降車して整列している様が見える。
「あんな連中を呼び出すような物騒なものの研究をしていたんだ。少しは反省……って。その面じゃ無理か」
頭を掻くとかなめは再びどっかと元のリビングの椅子に腰掛ける。その手からディスクを受け取ったカウラは自分の携帯端末をポケットから取り出してディスクを挿入する。
『こちら、東都第三機動隊!』
操作中にカウラの端末から機動隊からの通信が入る。
「こちらは同盟司法局法術特別捜査本部第一機動部隊長、カウラ・ベルガー大尉。法術研究に関する同盟法規第十三条に違反する容疑者の確保に成功。別に違反法術展開の現行犯の容疑者が逃走中。データを転送します」
事務的に答えたカウラを片桐女史が皮肉めいた笑みを浮かべながら眺めている。
「不思議ね、あなた達。人造人間、サイボーグ、異能力を持った非地球人類。なのになんでそんなに仲良くできるのかしら?コツでもあるの?」
誠はこのとき初めて片桐女史の本音が聞けたような気がした。
「馬鹿じゃねえのか?そんなことも分からねえなんて」
すぐさまかなめはタバコを片桐博士が差し出した灰皿ではなく自分の携帯灰皿に押し付けるとそう言ってよどんだ笑みを浮かべながら答えた。
「アタシ等がそんな身の上を思い出すときはそれぞれの長所が見えたときだけだからだよ。いつもはただの人間同士の暮らしがあるだけだ」
ドアが開き強化樹脂製の盾を構えた機動隊員がなだれ込んで来る。彼らはサブマシンガンを構えながら片桐女史を見つけると銃口を向けて取り囲んだ。
「あなた、名前は?」
取り囲む機動隊員が目に入っていないかのように静かに笑いながら片桐女史はかなめにそう言った。
「法術犯罪防止法違反容疑で逮捕します」
かなめの答えを待たずに機動隊を指揮していた巡査部長が片桐女史の手に手錠をかけた。そのまま両脇を機動隊員に挟まれて部屋を後にする彼女を黙ってかなめは見送っていた。
「どうする?」
一仕事終わった後だというのにかなめがカウラに確認を求める視線には緊張感が残っていた。端末を手に何度も操作してみせるカウラの表情も硬い。誠はただ二人を見比べてその奇妙な行動の意味を推測していた。
「もしかしたらクバルカ隊長や茜さんのところでなにか……」
そう言った誠を見るとカウラはこめかみに手を当てる。
「勘はいつでも合格なんだよな、オメエは。現在どちらも通信が途絶えてる。工藤博士の研究室、北博士の個人事務所で何かがあったのは確定だ。どちらも東都警察の機動隊が出動したそうだ」
かなめの言葉に誠は呆然とする。工藤博士の勤務先で誠の母校の東都理科大のキャンパスは東都の都心に近くここからでは間に合う距離ではなく、北博士の個人事務所も繁華街の一等地にあり誠の干渉空間を使用しての瞬間転送などが出来る環境ではなかった。
「でもこれで三人は全員今回の事件に関わっていたことが分かったわけだ。そしてこの研究を闇に葬ることを目的で動いている三人以上の腕利きの法術師を戦力とする組織が動いている」
カウラの言葉に誠は唇を噛んだ。
公然と破壊活動を行う法術テロリスト。それまでの人体発火で自爆すると言う遼州系の左右両翼のテロリストの活動とはまるで違うテロを行う新組織の存在。そしてその登場が地球圏への脅威になりうるとして法術規制で圧力を強める地球の列強が同盟に徹底した取り締まりを求めてきていることは当事者である誠も知っていることだった。
「おい、何、しおれた顔してるんだよ」
かなめの笑顔が先ほどまでの複雑なそれではなく、いつものいたずらっ子のそれに戻っていた。
「今連絡が入った。騒ぎはあったらしいが嵯峨警視正達もクバルカ中佐達も無事だそうだ」
そう言ってカウラは携帯端末をスタジアムジャンバーのポケットに押し込むと立ち上がる。誠も気がついたようにそれに続いた。
「このまま同盟司法局、本局に集合。この数日が山になるぞ」
そう言って早足に部屋に入って来た東都警察の鑑識をやり過ごした三人はそのまま部屋を出た。所轄の刑事らしい男二人が近づいていた。
「あの、司法局の方……ですよね?」
「法術特捜の権限内捜査だ。時間が無い。報告書は後で署に転送するからそれを見てくれ」
トレンチコートの中年の警部にそう言ってカウラは通り過ぎる。かなめも頭を下げながらすり抜ける。
「良いんですか?さっきのは所轄の刑事さんでしょ?」
誠がカウラのポケットを指差すが、かなめは自分の唇に手を当ててしゃべるなと誠に告げる。マンションの入り口にはすでに黄色いテープが張り巡らされ、日の落ちた初冬の北風の中ですでにその周りには野次馬が集まってきていた。
「どいてくださいよー」
のんびりとかなめは彼らを押しのけながらカウラのスポーツカーに向かう道を作った。
「凄いものですね」
ようやく車に戻った誠。仕方なく冷えたとんかつ弁当を手に取る。
「残念だな、カウラ」
後部座席で菓子パンにかじりつくかなめを見ながらカウラは冷えたおでんに箸を伸ばしながら集まってくる野次馬達を眺めながら車のエンジンをふかした。
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