第380話 胎動
ランがもぐもぐとうどんを頬張っている。その姿に誠は萌えを感じてしまっていた。そして周りを見回してみるとアイシャとサラ、そしてかなめまでもが小さな口でもぐもぐとうどんを頬張るランをちらちらと眺めているのが見えた。
「おい、オメー等。アタシの顔に何かついてるのか?」
「クバルカ中佐!」
突然大声でアイシャが叫んだ。突然のことにランはうろたえた。
「おっ?おい、なんだ?」
「抱きしめても良いですか?ぎゅーって」
「はあ?」
一瞬、ランはアイシャの言葉の意味を見失って瞬きをした。だがすぐにその言葉が自分の気にしている幼い姿を笑ったのもの理解して怒りの表情を浮かべた。
「馬鹿言ってんじゃねえ!」
目を輝かせているアイシャをかなめが思い切りはたく。だが、かなめもまたちらちらと不思議そうな顔をしてうどんを頬張るランを見つめてはため息をついていた。
「でも本当にランの姐さんはかわいいですねえ」
「撫でるんじゃねえ!」
ランの頭に手を伸ばそうとした小夏をランは力の限りにらみつけた。だがどう見ても小学校一、二年生にしか見えないランの迫力ではたかが知れていた。
「そのなりじゃあ、すごんでも無駄だろ?」
白い調理服の久間の言葉にランは照れるようにうなづいてうどんを啜る。
「ああ、そうだ。抜刀隊は動いているはずだよな」
口元にねぎをつけたまま汁を啜って一息ついたランがそうつぶやいた。幼く見える面差しが自分の麺を喜んで食べている様を微笑みながら見ている久間に向いた。
『抜刀隊』
嵯峨に従う遼南での憲兵隊時代からの部下達の通称である。多くが前の大戦が終わり、遼南でのゲリラ狩りに関わる戦争犯罪容疑で軍籍を剥奪された後も嵯峨の私的な援助で活動しているまさに嵯峨家の犬だった。
「それがねえ……」
そう言うと久間はタバコを取り出す。久間はその『抜刀隊』と嵯峨をつなぐ役目を果たしていた。実際『久間』と言う名前もおそらくは偽名だろうと誰もが思っていた。
「タバコを吸ってもいいのか?」
「ここは俺の店なんで。まあ西園寺の姫様には遠慮していただきたいですがね」
久間がライターに火をともす。沈黙の中、小夏が一人うどんを啜った。
「俺達も黙って見ていたわけじゃないんだ。実際、三つの研究施設の破壊に成功している」
「じゃあなんで……」
そんな言葉に食いつこうとした島田を制してランは久間の顔を見つめる。
「どこも襲撃前に情報が漏れてたみたいなんだな、これが。万端の準備と逃走経路の割り出しをどんなにしっかりしていてももぬけの殻だ。まるで先が読まれているように綺麗に逃げられてな」
久間が煙を吐くとランが思い切り咳をする。その姿にリアナとアイシャが抗議する様な視線を投げる。
「ああ、すまなかったな。クバルカはタバコが苦手だった」
「アタシのことはいいんだよ」
取り出した携帯灰皿に久間はタバコを押し付ける。そして彼はそのままマリアに目を向けた。
「地球の諜報機関はどう見てますかね」
ロシアの対外活動特殊部隊との強力なパイプを持っているマリアに全員の視線が集まる。
「そんなに見つめられても困るな。どこも手にしている情報は久間さんと同じくらいだろう。法術関連の技術開発で人権侵害を行わないことと、研究成果の公表を義務化する条約は締結に遼州同盟が批判的だが結局アメリカのごり押しでそう遠からず締結されるだろう。それを無視して研究をするなら東和なんて目立つところでやる必要もない。そもそもなんで今、東和でなのかが分からないんだ」
そう言うマリアのうどんは鰹出汁。口に運ぶのはごぼう天だった。
「そうなると正規軍を引っ張り出したりすれば研究が遅くなるだろうというのは希望的観測に過ぎないということになるわけですわね」
茜が色の濃い昆布出汁を啜る。
「おい、茜。その出汁は……」
見慣れない薄い色の出汁が茜のどんぶりの中にあった。渋い顔のかなめはニコニコ顔のラーナを見てそれがきのこ出汁であることを悟った。
「かなめさん、出汁のところを良く見るべきでしたわね。ちゃんと五つの出汁の鍋があって回転させればそれぞれの味の出汁があるんですのよ」
そう言って微笑みを浮かべる茜をにらみつけたあと、かなめは頭を掻きながらカウンターで退屈そうに久間を見つめている店員に愛想笑いを浮かべた。
「じゃああれか……このままいたちごっこを続けるわけか?その間にも犠牲者が出ているっていうのに」
投げやりなかなめの言葉だが、誠もカウラもアイシャも同意見なだけにあたりに沈黙が訪れる。その様子に少しばかり慌てながらランが口を開いた。
「そんな風に落胆するなよ。ライラの山岳レンジャーの人的資源も舐めたもんじゃねーぜ。東都警察だって自分のお膝元で、外国の軍隊が任意調査とは言えおおっぴらに捜査活動なんか始められたら面子もあるから近日中に動きだすだろ?」
「確かにそうなんだけどよう。久間のおっさんやマリアの姐御の話じゃ相手は相当なやり手だぜ」
どんぶりを空にしたかなめの言葉に誠は頷いていた。
「でも明石中佐は令状を出さないんじゃないですか?東都警察を刺激するのは同盟としては避けたいでしょうから」
カウラは相変わらず一本ずつ麺を取っては口に運んでいる。
「茜。明石からは連絡があったか?」
どう見ても割り箸がその頭や手に比べて大きすぎるように見えるランが茜に目をやる。
「明石中佐はとりあえず令状ではなく指示書で動いてくれないかと持ちかけてみたらしいですわ」
茜は静かにどんぶりをテーブルに置く。その隣では懐かしい味なのか幸せそうにうどんの出汁の浸みたえびのてんぷらを味わうラーナがいる。
「指示書?それじゃあたとえ研究関係者に任意同行をお願いして自供が取れても証拠として採用できないじゃない。大丈夫なの?」
アイシャがなるとを口にくわえながら茜を見る。
「そうですわね。ライラさんには明石中佐もなんとか上と掛け合うからということで話をつけたみたいですわよ。まあ司法局の上も指示書以外は出す気はないみたいですから。まあ明石中佐は今日は徹夜になりそうだっておっしゃってました」
「ああ、ライラはしつこいからな。だから旦那に逃げられたんだ」
ニヤニヤ笑うかなめを見てアイシャが大きくため息をつく。それを見てキッとアイシャをにらむかなめだが、いつの間にか厨房の女性店員が久間の耳元に何かを囁いているのを見て真剣な瞳に戻って久間を見た。
「そうか……」
久間は頭の白い帽子を手にすると真剣な表情で一人黙々とうどんを食べている小夏のどんぶりを覗き込んだ。
「どうした?」
口に残っていた麺をランが啜りこむ。その幼い表情を前に苦笑いを浮かべながら久間は言葉を切り出す。
「早速8体目の暴走法術師が出たそうだ」
久間の言葉にたずねたマリアが絶句する。誠が眺めていたお互いのうどんを交換して食べていた島田と皿が箸を取り落とす。
「どこだ!どこで出た」
ランも興奮してどんぶりに箸を突っ込んで立ち上がる。
「それが同盟機構本部ビルの正面だそうだ」
沈黙が訪れる。
「そりゃあ暴走とは言わねえだろ?テロだよテロ!」
引きつった笑いを浮かべてかなめが久間を見上げる。その様子をカウラが心配そうに眺めている。
「珍しく良いことを言うわね。確かにそれは暴走ではなく爆弾テロみたいなものよ」
一人黙々とうどんを食べていたアイシャが汁を飲み終えると、そう言って楊枝を手にして口に運んだ。
「大っぴらに研究機関の連中が動いたんだ。まあライラのお手並みを見ようじゃねーか」
そう言って不敵に笑うランの姿を見て彼女の肝の座り方に誠は感心させられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます