第361話 東和陸軍の動き
「そうか!カウラ、車は出せるか?」
「ええ、良いですけど……始末書は?」
「そんなものはどーでもいーんだよ!」
ランは声をかけてくる誠を無視してすぐに立ち上がって背もたれにかけてあったコートを羽織る。カウラも呆然と様子を見ているかなめを無視して立ち上がった。
「どうしたんですか?」
心配そうな誠の声にランは満面の笑みを返す。
「そうなんだよ!アタシ等に直接攻撃を出来ない理由がある連中を当たれば良いんだ」
そう言ってドアにしがみついているかえでの肩を叩いてランは出て行く。それをカウラは慌てて追った。
「なんかアタシ言ったの?」
シャムは呆然と立ち尽くす。誠もかなめもランのひらめきの中身が何かと思いながら仕事に戻ろうとした。
「知りたいか?」
「うわ!」
誠は耳元に突然囁きかけてきた吉田に驚いて飛び上がる。それを見て吉田はしてやったりの笑みを浮かべる。
「何か知ってるのか?」
かなめのいぶかしげな顔に吉田は首筋からコードを取り出して端末のスロットに差し込む。いじけていたかえでと彼女に寄り添うようにして立つ渡辺と一緒に吉田の操作している誠の端末の画面をのぞきこんだ。
「つまりだ、
そう言う吉田が画面に表示させたのは同盟の軍事機構の最高意思決定機関の組織図だった。
「同盟の軍事機構か。そりゃあ虎を引きずり出したようなもんだな。それにこの面子。全員軍籍は東和陸軍か……」
かなめのタレ目は笑っていなかった。吉田はその組織図にいくつかのしるしをつけていく。その数に誠は圧倒された。
「近藤事件で押収した資料に名前の載っている人間がこんだけ。隊長も目をつけている人物達だ。当然これまで近藤事件の裏帳簿を隊長が握りつぶしたことで弾劾を切り抜けてはいるが、近藤中佐の帳簿が表ざたになればどういう処分が出るか……まあこんな裏事情を相手さんも分かってるだろうからな。そりゃあ司法局が嫌いでたまらないだろ」
そこまで言うと吉田は笑みを浮かべる。隣ではまるで話を理解していないようなシャムがニコニコして猫耳をいじっている。
「あの帳簿の公表は最後の手段だからな。表に出れば同盟内で要職についてる連中の総入れ替えが始まるわけだ。そうなりゃ同盟の政治的均衡は完全に崩れ去るってわけだ。まあできるなら避けて通りたい道だな」
かなめはそう言ってそのまま自分の端末に目を向ける。
「どおりで情報が集まらないわけだ」
そう言ったのはサラと一緒に画面を覗き込んでいた島田だった。頭を掻きながら天を仰ぐ。
「東和陸軍には昔から遼州人至上主義を標榜する連中がうようよいますから。その相手にするのは研究を仕切っている組織の面々も避けたいでしょうからね。でもそうなると同盟軍事機構の情報機関がこの事件の調査を始めるんじゃないですか?」
島田の意見に誠もうなづいた。そんな二人とサラを見て吉田は呆れたような顔をする。
「同盟軍事機構の連中が調査を始めて今回の事件の肝である法術師の能力強制開発の技術を手に入れたらどうなると思う?あの連中は本音では地球ともう一回ガチで喧嘩したい連中だ。一騎当千の法術師を大量生産して一気に地球に派遣して大混乱を起こす。そして軍の侵攻」
「勝敗は別としてもかなり見るに耐えない光景が展開されるのは確実だな」
かなめの言葉を聞くまでも無く誠は状況を理解した。
「でもそうすると研究施設を発見しても軍にばれたらエンドじゃないですか!」
「そうでもないぜ」
慌てた誠の言葉をかなめがさえぎる。そして端末を操作して誠の画面を切り替えた。そこに映るのは近藤事件に関与が疑われている同盟軍事機構の上層部の将官達の名前だった。
「こちらも手札はあるんだ。おそらくこの名簿をうちが握っていることは東和軍の連中も知っているはずだ。アタシ等が先に施設を発見できれば連中も無茶な介入はできない。連中も無茶をすれば自棄になったうちが名簿の公表に踏み切ることも考えてるだろうからな。誰もが自分がかわいいもんだよ」
こう言うときのかなめは晴れやかな顔になる。常に軍上層部から嫌がらせに近い扱いを受けてきただけに彼女のそのサディスティックな笑顔にも誠は慣れてきていた。
「それでも調査は一刻を争う状況だな。西園寺。コイツと行ってこい」
そう言って吉田は誠の肩を叩く。
「始末書、作ってくれよな」
かなめの言葉に吉田がしぶしぶうなづく。シャムは迷いが消えたようなかなめの顔を見て笑顔を浮かべていた。
「俺達は?」
取残された島田。吉田は何も言わずにいつもの軽い笑みを浮かべるとそのまま自分の席へと島田を無視して立ち去ってしまった。すがるような視線
を島田はシャムに投げるが、彼女も目をそらしてそのまま自分の席へと向かう。
「神前!ちゃんと私服に着替えろよな」
助けを求めるような島田を無視してかなめはそう言うと立ち上がって端末を停止させている誠を見下ろした。
「分かりました……」
そういう誠にも島田は涙目を向けてくるが周りの空気を読んで誠は無言で立ち上がった。
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