第347話 あてにならない新人
ハンガーに続く階段を降りきるまで、何人もの管理部や技術部の隊員達とすれ違うがランは一言もしゃべらず敬礼を返すだけだった。
「やはり他の隊員にも秘密なんですね」
誠の言葉に真剣な表情でランが振り向く。
「何事にも秘密はつきもんだろ?それとも何か?例のかつて人間だったものを公開するわけか?パニックが起きるだけだな」
そう切り捨てるように言うと、ランはそのまま階段を下りる。
「お出かけですか?ちょっと島田班長に用があるんですけど」
降りてきた小さなランに整備の若手のホープである西高志(にしたかし)兵長が声をかけてくる。
「ああ、追加資材の発注だろ?整備班長の権限は現状ではシンプソン中尉に委譲中だ。島田は別任務で動く」
「はあ、そうですか」
ランの言葉に西はそのまま建物の奥の技術部の倉庫に走っていく。
「でもどうするんだ?明華の姐御が帰ってくるまでデカ乳が現場を仕切れるとは思えねえんだけどな」
そう言ってかなめが笑う。技術部にアメリカ海軍から出向してきているレベッカ・シンプソン中尉と言えばその豊かな胸で知られていた。それにどちらかと言えば彼女は打たれ弱く、パニックに陥っているイメージが誠にもあってかなめの言葉ももっともなように聞こえた。
「一応仕事なんだからさ。いつまでたってもおたおたなよなよじゃあ困るんだよ。たまには将校らしく毅然とした態度をとってもらわねーとな」
ランはそのまま整備員達から敬礼される中を進んでグラウンドに出た。ハンガーを出て山から吹き降ろす北風に身が凍えるのを感じながら誠はランに続いて正門へと向かった。
そこにある鉄柱には鎖がつながっていてその先にはシャムの友達であるコンロンオオヒグマの子供、グレゴリウス16世がいた。
「飯はねえぞ」
一言かなめがそう言ったのを見て怒ったようにうなり声を上げる。
「西園寺。熊と同レベルで喧嘩してどーすんだよ!」
思わず笑みをこぼしながらランはカウラが遠隔キーであけたスポーツカーの助手席のドアを開き、助手席を倒して後部座席に身を沈めた。
ランに続いてかなめが後ろの席に座り、運転席にはカウラ、誠は助手席に座ることになった。
「ベルガー。出る前にちょっといいか?」
ランの言葉にハンドルから手を離してカウラが振り向く。誠もそれに合わせてランを見つめる。
「租界はアタシと西園寺が担当する。神前のお守りは頼むぞ」
「なんだってこんな餓鬼の……」
普段は本当に小学校低学年の少女にしか見えないランだが、その元々にらんでいるような目つきが鈍く光を発したときには、中佐と言う肩書きが伊達ではないというような凄みがあるのは誠も知っていた。
「租界じゃ名の知れた山犬がうろちょろするんだ。『東都戦争』で恨みなら山ほど買ったんだろ?そんなところに神前みたいな素人を送り込めるかよ」
ランの口元の笑みが浮かぶ。かなめはちらりと誠を見てそのままそっぽを向いた。東都警察も匙を投げたシンジケートや利権を持つ国々の非正規部隊の抗争劇『東都戦争』の舞台となった東都租界と言えばすぐに『胡州の山犬』として知られたエージェントのかなめが幅を利かせるのは当然のことだった。
「カウラ、気をつけとけよ。今も『近藤資金』に未練のある国の工作員が潜伏しているだろうからな。それに今回の超能力者製造計画をたくらむ悪の組織……」
「ふざけるなよ、バーカ」
誠の特撮への愛を知っているかなめのリップサービスにランがかなめの頭をはたく。
「まあどうせトラブルになる可能性は暴力馬鹿の西園寺を連れてる分アタシ等の方が大きいんだ。お前らはとりあえず予定した調査ポイントでアタシの指示通りに動いてくれりゃあそれでいい。できるだけ面倒は避けろ」
まるで期待をしていないようなランの言葉を不快に思ったのかカウラはそのまま正面を向き直り車のエンジンをかける。
「そう気を悪くするなよ。相手は法術師を擁している可能性が高けーし、隊長は買ってるがアタシは正直、神前をあてにしてねーかんな」
「そうだな、コイツはあてにならねえな」
かなめにまでそう言われるとさすがに堪えて誠も椅子に座りなおしてシートベルトをした。
「いじけるなよ。即戦力としては期待はしてねーけど将来は期待してるんだぜ」
ランのとってつけたような世辞に誠は照れたように頭を掻く。カウラはそのまま乱暴に車を発進させる。
「姐御、カウラは結構根にもつから注意したほうが良いですよ」
「そうなのか?」
囁きあうかなめとランをバックミラー越しに見ながらカウラはそのまま車を正門ゲートへと向かわせる。
いつものようにゲートには警備部の歩哨はいなかった。カウラはクラクションを派手に鳴らす。それに反応してスキンヘッドの大男が飛び出してくる。
「緊張感が足りないんじゃないのか?」
いつもなら淡々と出て行くカウラにそう言われて出てきた大男は面食らう。
「すいません……出来ればシュバーキナ少佐には内密に」
手を合わせるスキンヘッドを見下すような笑みで見つめた後、カウラは開いたゲートから車を急発進させる。
「確かになあ。根に持ってるわ」
ランは呆れたように車を急発進させるカウラを眺めていた。
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