第339話 なれの果て
「以前シュペルター中尉から聞いたんですが『エターナルチルドレン』て……」
そう言って誠はランを見つめる。
「不老不死。年をとることも死ぬことも出来ない半端な生き物さ。多くは法術適正が高いから暴走すればその部屋の兄ちゃんと同じようになっても不思議じゃねー。まあ、そう言うアタシもそうなんだけどな」
ランは笑った。その笑いには誠でも明らかに虚勢が見てとれた。
「いつまでも若いままなんでしょ?良いことじゃないの」
そう言って見せたアイシャだが、にらむようなランの視線に黙り込む。
「大人の姿まで育てるんならそれでもいいかもしれねーが……アタシやシャムを見りゃわかるだろ?餓鬼で成長が止まってそのままその姿で生き続けるんだ。めんどくせーことばっかだぞ」
「確かに」
ランに自分の体験を語られてしまえば、アイシャに口をはさむ余裕は無かった。
「まあ不老不死の再生能力が制御可能ならいいですけど、この方のそれは……この人にはもう理性も何もないんですわ。ただ壊したいと言う衝動があるだけ。鉛の壁に覆われて干渉空間も展開できず、かといって餓死も自殺も出来ない……」
茜の言葉はあまりにも残酷に中のかつて人だった存在に向けられていた。
「じゃあ、僕も……」
「おい!ラーナ!」
かなめがそう言うと一人端末をいじっていたラーナに詰め寄る。小柄なラーナが跳ね上がるようにして目をかなめに向ける。
「テメエなんで今まで黙ってた!知ってたんだろ?なあ!力を使えばいずれこいつも……」
怒鳴りつけてくるかなめにラーナは驚いたように瞬きをする。その様子を静かに茜は見つめている。
「それは心配する必要は無いですわ。神前曹長の検体の調査では細胞の劣化は見られていますし、あの忌まわしい黒い霧を出すような能力は持ち合わせていないですもの」
茜の冷たい声にかなめはラーナから手を振りほどく。
「これは、確かに他言無用だな。まあ誰も信じる話とは思えないが」
カウラはそう言うと複雑な表情の誠の肩に手を乗せた。
「でも、百歩譲ってそれが遼州人の法術の力だとして、なんで今までばれなかったの?まあこの部屋を覗いて不死身っていえる存在があるのは分かったけど、こんな人間があっちこっち歩き回っているならいろいろと問題が出てくるはずでしょ?」
落ち着いたアイシャの声に誠もかなめも、そしてカウラも気がついた。
「情報統制だけってわけでもねえよな。アタシも非正規部隊にいたころには噂はあったが実物がこういう風に囲われてるっていう話は聞いたことねえぞ」
かなめの言葉に誠もうなづく。東和軍の士官候補生養成過程でも聞かなかった『エターナルチルドレン』の存在。
「ぶっちゃけて言うとだな。まず数がすげー少ないんだ。実際、理論上はありえるが、ほとんどいないと言っても過言ではねーくらいだ」
「じゃあ、何か?ちび隊長にしろ、シャムにしろ、そんなレアキャラがごろごろ東和に転がっているわけか?しかも、どうせこの化け物も湾岸地区でみつかったって落ちだろ?明らかに誰かの作為がある、そう茜が思っていなきゃアタシ等はここには連れてこられなかったんだろ?」
そう言って皮肉めいた笑顔で茜を見つめるかなめがいた。
「正解。お姉さまさすがですわね。このかつて人間だった方は租界の元自治警察の警察官をされていた方ですの。その人が四ヶ月前に勤めていた自治警察の寮から消えて、先月大川掘の堤で発見されたときにはこうなっていた」
茜の言葉に再び誠は鉛の壁の中の覗き穴に目をやった。
「これも僕のせいなんですか?」
足が震える、声も震えている。誠はそのまますがるような目つきで茜を見た。
「いつかは表に出る話だった、そう思いましょうよ、神前曹長。力があってもそれを引き出す人がいなければ眠っていた。確かにそうですけど今となってはどこの政府、非政府の武力を持つ組織も十分に法術の運用を行うに足る情報を掴んでしまった。そうなることは神前曹長の力が表に出たときからわかっていたことですわ。でももう隠し通すには遼州と地球の関係は深くなりすぎました」
そう言って茜は誠の手に握られた剣を触る。
「そして、やはりこの剣に神前さんの力が注がれた。多分この中の方のわずかな理性もその剣で終わりがほしいと願っているはずですわ。だからそれで……」
「力?確かに手が熱くなったのは事実ですけど」
誠はじっと手にしている剣を見る。地球で鍛えられた名刀『鳥毛一文字』。その名は渡されたときに司法局実働部隊隊長嵯峨惟基に知らされていた。
「法術は単に本人の能力だけで発動するものではありませんの。発動する場所、それを増幅するシステム、他にも触媒になるものがあればさらに効果的に発現しますわ」
そう言ってラーナの手にした端末のモニターを全員に見せる。
「たとえば叔父貴の腰の人斬り包丁か? 確かに憲兵隊時代に斬ったゲリラの数は驚異的だからな」
かなめの言うとおり相変わらず画面を広げているラーナの端末には刀の映像が映っていた。そこには嵯峨の帯剣『長船兼光(おさふねかねみつ)』、そして茜が持ち歩く『伊勢村正(いせむらまさ)』が映される。
「でもなんでだ?遼南の力なんだろ?法術は。それが地球の刀を触媒に……」
「かなめさん」
文句を言おうとしたかなめを茜が生暖かい視線で見つめている。
「地球人がこの星に入植を開始したころには、遼州の文明は衰退して鉄すら作ることが出来ない文明に退化してましたのよ。今でも信仰されている遼南精霊信仰では文明を悪と捉えていることはご存知ですわよね」
まるで歴史の教師のように茜は丁寧に言葉を選んで話す。自然とかなめはうなづいていた。
「当然、法術の力がいかに危険かと言うことも私達遼州人の祖先は知っていて、それを使わない生き方を選んだというのが最近の研究の成果として報告されているのはご存知ですわね。その結果、力の有無は忘れられていくことになった。これも当然ご存知でしょ?」
茜の皮肉にかなめはタレ目を引きつらせる。
「つまり誰かが神前の活躍を耳にしてそれまでの基礎研究段階だった法術の発現に関する人体実験でも行っている。そう言いたい訳か」
カウラの言葉に茜は大きくうなづいた。かなめはそんな様子に少しばかり自分を落ち着かせるように深呼吸をした。
「しかもこれだけ証拠が見つかっているわけだ。機密の管理については素人……いや、わざとばら撒いたのかもしれねえな。『俺達は法術の研究をしている。しかも大国がそれまでつぎ込んだ莫大な予算と時間が馬鹿馬鹿しくなるほどお手軽に。もし出来るなら見つけてみろ』って言いてえんだろうな。いや、もしかするとどこかの政府がお手軽な研究施設を作って面白がっているのかねえ」
かなめの言葉がさらに場を沈ませる。
「いいですか?」
これまで黙り込んでいたサラが手を上げた。意外な人物の言葉に茜が驚いたような顔をしている。
「これ凄くひどいことだと思うんです。そんな言葉で表すことが出来ないかもしれませんけど……。私やアイシャは作られた……戦うために作られた存在ですけど、今はこうして平和に暮らしているんです。元々遼州の先住民の『リャオ』の人達は戦いを終わらせるために文明を捨てた、そう聞いています。でもこれじゃあ何のために文明を捨てて野に帰ったのか分からないじゃないですか」
「これからは出てくるのさ、こう言う犠牲者が。実験する連中から見ればまるでおもちゃ。しかも出来が悪ければ捨てられる。おもちゃ以下というところか?」
隣でサラの肩に手を置いた島田がそう吐き捨てるように言った。この中では遺伝的には誠と島田がほぼ純血に近い遼州の先住民族『リャオ』だった。
「そうですわね。一刻も早くこれらのきっかけを作った組織を炙り出さないといけませんわ。そのために皆さんにご覧いただいたんですもの」
そう言ってみた茜だが、隣に明らかに冷めた顔をしているかなめとアイシャを見て静かに二人が何を話すのかを待った。
「だから、この人数で何をするんだ?確かに湾岸地区から租界。治安は最低、警察も疎開の駐留軍もショバ争いでまじめに仕事をするつもりなんてねえ。こう言う怪しい研究をするのにはぴったりの場所だ。加えて元々ある土地は細かく張り巡らされた水路があって逃げるには好都合だ。最近の再開発では町工場は壊滅して地上げの対象でほとんどの建造物ががら空きで人の目も無い、さらに租界は自治警察の解体と同盟軍の直轄当地でなんとか治安は回復したがそれでもあそこ魔都であることに変わりはねえ」
かなめはそう言って再び先ほどの覗き窓に向かう。
「今回は私もかなめちゃんと同意見ね。確かに逃げられる公算は高いけど東都警察の人的資源を生かしてのローラー作戦が一番効率的よ。相手が公的機関ならなおさら表ざたになるのは避けるでしょうからこの研究を少しでも遅らせることくらいは出来るでしょうし」
珍しくアイシャが真面目に答える。その様を一人壁際で腕を組んで眺めていたランが眺めていた。
「まー普通の意見だな。アタシもこれまで出た情報だけから判断すればクラウゼの論に賛成だ。それでもなあ……」
ランはそう言うと誠を見つめた。
「僕が何か?」
見つめられた誠はただランの意図が読めずに立ち尽くすだけだった。
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