第283話 アイシャの思い付き
「そうだ、ゲーセン行きましょうよ、ゲーセン」
どうせ良い案が誠から引き出せないことを知っているアイシャは、そう言うとハンバーガーの最後の一口を口の中に放り込んだ。
「ゲーセンですか……そう言えば最近UFOキャッチャーしかしていないような気が……」
「じゃあ決まりね」
そう言うとアイシャはジュースの最後の一口を飲み干した。誠もトレーの上の紙を丸めてアイシャの食べ終わった紙の食器をまとめていく。
「気が利くじゃない誠ちゃん」
そう言うとアイシャと誠は立ち上がった。トレーを駆け寄ってきた店員に渡すと二人はそのまま店を出ることにした。
「ちょっと寒いわね」
アイシャの言葉に誠も頷いた。山から吹き降ろす北風はすでに秋が終わりつつあることを知らせていた。高速道路の白い線の向こう側には黄色く染まった山並みが見える。
「綺麗よね」
そう言いながらアイシャは誠に続いてパーラから借りた車に乗り込んだ。
「じゃあ、とりあえず豊川市街に戻りましょう」
アイシャの言葉に押されるように誠はそのまま車を発進させる。親子連れが目の前を横切る。歩道には大声で雑談を続けるジャージ姿で自転車をこぐ中学生達が群れている。
「はい、左はOK!」
そんなアイシャはそう言ってアクセルを踏んで右折した。
平日である。周りには田園風景。誠は農業高校出身のシャムに教えられた大根とにんじんの葉っぱが一面に広がっている。豊川駅に向かう都道を走るのは産業廃棄物を積んだ大型トラックばかりだった。
「そう言えばゲーセンて?」
誠はそう言うと隣のアイシャを見つめた。
紺色の長い髪が透き通るように白いアイシャの細い顔を飾っている。切れ長の眼とその上にある細く整えられた眉。彼女がかなりずぼらであることは誠も知っていたが、もって生まれた美しい姿の彼女に誠は心が動いた。人の手で創られた存在である彼女は、そのつくり手に美しいものとして作られたのかもしれない。そんなことを考えていたら、急に誠は心臓の鼓動が早くなるのを感じていた。
「ああ、南口のすずらん通りに大きいゲーセンあったわよね?」
アイシャがしばらく考え事をしていた結果がこれだった。それでこそアイシャだと思いながら誠は一人頷いた。パーラの四輪駆動車は緩やかに加速をしながら街の中心部に向かった。
「南口ってことはマルヨですか?」
「ああ、夏に水着買ったの思い出したわ。そう、マルヨの駐車場に停めてから行きましょう」
誠はアイシャの言葉に夏の海への小旅行を思い出していた。
『あの時は西園寺さんがのりのりだったんだよな……』
そう思い返す。そして今日二人を送り出したときのかなめの顔を思い出した。
しかし他の女性のことを考えた罪悪感から誠は現実に引き戻される。窓から外を見れば周りには住宅が立ち並び、畑は姿を消していた。車も小型の乗用車が多いのは買い物に出かける主婦達の活動時間に入ったからなのだろう。
「かなめちゃん怒っているわよね」
「え、アイシャさんも西園寺さんのこと……」
そう言いかけてアイシャは急に誠に向き直った。眉をひそめて切れ長の目をさらに細めて誠をにらみつけてくる。
「も?今、私達はデート中なの。他の女の話はしないでよね」
自分で話を振っておきながらアイシャはそう言うと気が済んだというようににっこりと微笑む。その笑顔が珍しく作為を感じないものに見えて誠は素直に笑い返すことができた。
買い物に走る車達は中心部手前の郊外型の安売り店に吸い込まれていった。さらに駅に近づいていく誠達の車の周りを走るのはタクシーやバス、それに営業用の車と思われるものばかりになった。
そのままアイシャはハンドルを切ってマルヨの立体駐車場に車を入れる。
「結構空いてるわね」
アイシャがそうつぶやくのも当然で、いつもは一杯の一階の入り口近くの駐車スペースにも車はちらほらと停められているだけだった。
「時間が時間ですから」
誠がそう答えると、アイシャはそのまま空いている場所に車を頭から入れる。
「バックで入れた方がいいんじゃないですか?」
「いいのよ。めんどくさい」
そう言いながらアイシャはシートベルトをはずして振り向く。
「でもここに来るの久しぶりじゃないの?」
「ああ、この前カウラさんと……」
そこまで言いかけて助手席から降りて車の天井越しに見つめてくる澄んだアイシャの表情に気づいて誠は言葉を飲み込んだ。
「ああ……じゃあ行きましょう!」
誠は苦し紛れにそう言うとマルヨの売り場に向かう通路を急いだ。アイシャは急に黙り込んで誠の後ろに続く。
「ねえ」
目の前の電化製品売り場に入るとアイシャが誠に声をかけた。恐る恐る誠は振り向いた。
「腕ぐらい組まないの?」
そんなアイシャの声にどこと無く甘えるような響きを聞いた誠だが、周りの店員達の視線が気になってただ呆然と立ち尽くしていた。
「もう!いいわよ!」
そう言うとアイシャは強引に誠の左手に絡み付いてきた。明らかにその様子に嫉妬を感じていると言うように店員が一斉に目をそらす。アイシャの格好は派手ではなかったが、人造人間らしい整った面差しは垢抜けない紺色のコートを差し引いてあまる魅力をたたえていた。
「ほら、行きましょうよ!」
そう言ってアイシャはエスカレーターへと誠を引っ張っていく。そのまま一階に降り、名の知れたクレープ店の前のテーブルを囲んで、つれてきた子供が走り回るのを放置して雑談に集中していた主婦達の攻撃的な視線を受けながら誠達はマルヨを後にした。
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