命を狙う者

第273話 天誅

 胡州の首都摂都最大の宇宙港『四條畷港』の入国ロビーから一番近い出入り口が見えるビルの屋上で『彼』は待ち続けていた。 


 『滅私奉公』と記された鉢巻。『彼』は黙ったまま静かにペットボトルの水を口に含む。五厘に刈りそろえた頭を一度なでると、『彼』は静かに手元のボルトアクションライフルのに手を伸ばした。


 『彼』は典型的な下級貴族の家に生まれ、軍人家庭の長男として育った。幼い時の敗戦の屈辱が今でも思い出される。大人達が慟哭どうこくする有様が今の『彼』を支えていた。そして、その後の他の下級貴族達と同じように父が軍を追われ失業すると職を転々としたことが思い出される。そんな転落の人生という言葉がちょうどぴったりくる胡州によく見られるお決まりの転落劇は自分のことながら笑いが出るほどのものだった。


 多くの下級貴族の没落の原因を作ったと『彼』が信じる西園寺兄弟の地球圏国家に対する妥協政策は彼をしてここにスナイパーライフルを持ってこさせるほどの怒りを呼び起こすものだった。いついかなる時でも売国奴であるあのふざけた兄弟のことを口汚くののしる同志達の面差しが頭をよぎる。四年前の遼州同盟結成時に締結された軍縮条約で僅かな恩給を渡されてようやく入営できた軍を追われた時、『彼』は陸軍の狙撃訓練校の生徒だった。そんな経歴が『彼』に同志達に見込まれての今回の作戦だった。


 訓練場の沈黙と今目の前に広がる宇宙港の雑踏に違いなど無いと『彼』は思って手に力をこめる。


 ゆっくりと狙撃銃のストックに頬を寄せ、静かに銃の真上に置かれたスコープを覗き込む。予想した通りこの場所だけが胡州摂都の玄関口、四条畷宇宙港の正面ゲートを見廻せる地点だった。ボルトエンドの突起が隆起していることで、すでに薬室に弾丸が装填されていることを示している。


 『彼』には大義を知らない宇宙港を笑顔で出入りする愚民を相手に安全装置などかけるつもりも無かった。


「私利に走る佞漢ねいかん、嵯峨惟基……」 


 『彼』は一言、ぼそりとつぶやく。その言葉で自分に力がわいて来るような気がしていた。半年にわたる調査と工作活動が今、実ろうとしていた。同志の数名はすでに投獄されているが、彼等は死んでも今の自分の志を遂げる為に我慢して黙秘を続けてくれると信じていた。そしてこの今、引き金を引こうという指に彼等ばかりではなく胡州の志士達の誇りがかかっていると信じて再びスコープを覗き込む。


『嵯峨大佐は紺の着流しだ。すぐわかる……今ドアを開けた!』 


 ターゲットに張り付いている同志の声が響く。見つめる先、確かに紺の着流し姿の男が現れた。腰には朱塗りの太刀。しかし、この太刀は振るわれることは無いだろう。『彼』は引き絞るように引き金を握り締めようとした。

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