第265話 ぷっつん

「地球のビールも良いがやっぱ東和のが一番だな」 


 ランはそう言って手酌でビールを飲み続ける。


「でもランちゃん顔が赤いよ!」 


 巨大な豚玉にソースと青海苔をかけながらシャムが突っ込みを入れた。


「後は烏龍茶にしたほうがいいな」 


 小夏が気を利かせて持ってきたウォッカのボトルに自分の隣の瓶を空にしたマリアが手を伸ばしている。


「そうですよ、中佐。どこかの馬鹿に挑発されても乗っちゃダメですよ」 


 アイシャがそう言うが、ランはその言葉を無視してビールを開けては面白そうにグラスに注ぐ行動を続けている。小さなランが次第に顔に赤みを帯

びていく様を楽しそうに見つめているかなめの隙を見つけると、誠は素早く小夏にかなめに注がれたラム酒のグラスを渡し、新しいグラスにビールを注ぎなおす。


「あー、いい気分」 


 ビール大瓶二瓶空けたころにはランはすっかりご満悦だった。マリア、明華の二人はさすがに言っても無駄だと自分達のお好み焼きを焼くことに集中している。


「ああ、やっぱそれくらいにしろ。後はジュースでも何でも飲めよ」 


 一応上官であり、アサルト・モジュール教導の師でもあるランに珍しくかなめが気を利かせて言ってみた。


「なんだ?アタシに説教とはずいぶん偉くなったじゃねーか、西園寺よー」 


 そのかなめを見るランの目は完全に座っていた。この時になってようやくかなめは間違いに気づいた。すでにアイシャとパーラは何かを感じたとでも言うように黙ってえび玉を焼いている。


「カラ酒は感心しないな……じゃあ隊長自ら焼いてやるからどれにする?」


「おう!それじゃあこの広島風で!」 


 嵯峨の気遣いに対する遠慮などどこかへ飛んで行ったランは焼きそばののったお好み焼きを指差す。嵯峨が苦笑いを浮かべながら手を挙げる。


「あの!春子さん。広島風のデラックス、二つおねがいします」 


「はい!新さんも食べるのね」


 春子の言葉に嵯峨はランをちらちら見ながら苦笑いを浮かべていた。


「ああ、焼いてあげてるわよ、誠ちゃん」 


 誠の野菜玉を転がしているのはアイシャだった。かなめとカウラが、なんとか手を出そうとしているが、こう言う気を使うことにかけてはアイシャ

が抜け出している。だが、手が空いた誠がビールを飲み始めると、すぐにタレ目のかなめのこめかみに青筋が立った。


「あっ!神前!テメエアタシの酒を捨てただろ!」 


 かなめの怒鳴り声で誠は思わず噴出す。アイシャはそれを無視して焼きあがった野菜玉を切り分けて誠の前に置いた。


「毎回いじられてばかりじゃかわいそうでしょ?はい、誠ちゃん口を開けて!」 


 そう言ってアイシャは自分の箸に掴んだお好み焼きを誠に向ける。


「あ!俊平!見てみな!」 


 誠とアイシャの姿を見つけたシャムが大声で叫ぶ。その声に釣られてマリアとパーラが誠とアイシャを見つめた。


「何やってんだ!この色ボケ!」 


 そう言って顔を突き出すかなめにアイシャは気おされる風もなく逆に睨み返す。


「あら、なにか私、変なことしてるかしら?」 


 アイシャは逆に顔をかなめに近づけて挑戦的な視線を送る。誠は生きた心地がしなかった。いつもなら時間的にはかなめに脅されてラム酒を一気飲みして意識を飛ばして裸踊りを始める時間だった。今日は完全に意識が冷めている。なるほどこのような状況が展開していたのかと、珍しく晴れた意識で周りを眺めていた。それを察したのだろう。怒鳴りあうかなめとアイシャに見つからないように壁伝いに近づいてきた小夏が先ほど誠が預けたラム酒がなみなみと注がれたグラスを差し出してくる。


 次第に激高するかなめがアイシャの襟首を掴んだ。ぎりぎりと締め上げるかなめの腕を掴むアイシャだが、相手は軍用の義体のサイボーグである。止めに入ったカウラの手も全くかなめを止める役には立たない。


 今できること、誠はそう考えて目の前のグラスを眺めた。他の選択肢など無かった。誠は覚悟を決めると受け取ったラム酒を一気に煽った。


「あ、やっちゃった」 


 その姿を見つけたパーラの言葉が耳の中に響く。


「よくやった!さすが神前!」


「せっかくかばってあげたのに」


 かなめとアイシャの声が鼓膜に響く。口の中から喉、そして胃袋に焼けるような感覚を覚えながら誠の意識は完全に途切れた。

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