第263話 あまさき屋

 あまさき屋のある豊川駅前商店街の時間貸しの駐車場に着いたときは、誠はようやく解放されたという感覚に囚われて危うく涙するところだった。


 予想したとおり、後部座席に引きずり込まれた誠はかなめにべたべたと触りまくられることになった。そしてそのたびにカウラの白い視線が顔を掠める。


 そして、明らかに取り残されて苛立っているランの貧乏ゆすりが振るわせる助手席の振動が誠の心を不安に染めた。生きた心地がしないとはこう言うことを言うんだと納得しながら、さっさと降りて軽く伸びをしているランに続いて車を降りた。


「おい、西園寺……」 


 カウラが車から降りようとするかなめに声をかけたが、ランのその雰囲気を察するところはさすがに階級にふさわしかった。手をかなめの肩に伸ばそうとするカウラの手を握りそのまま肩に手を当てた。


「カウラ。あまさき屋だったよな」 


 そのランの言葉でとりあえずの危機は回避されたと誠は安心した。


「つまんねえなあいつもあそこばかりじゃ。たまにはこのままばっくれてゲーセンでも行くか?」 


 そう言うかなめにちらりと振り返った鋭いランの視線が届く。かなめもその鋭い瞳に見つめられると背筋が寒くなったように黙って誠についてくる。


「相変わらず目つき悪いなあ……」 


「あんだって?」 


「いえ、なんでもございませんよ!副隊長殿!」 


 かなめが大げさに敬礼してみせる。すれ違うランと同じくらいの娘を連れたかなめと同じくらいに見える女性の奇妙なものを見るような瞳に、かなめは思わず舌打ちする。あまさき屋の前で、伸びをして客を待っていた自称看板娘の家村小夏いえむらこなつが誠達を見つけた。


「あ、カウラの姐御と……クバルカの姐御に……ゴキブリ?」 


「おい!誰がゴキブリだ!」 


 そこまで言ったところでかなめの顔を射抜くような目で見つめているランがいた。


「お母さん!」 


 店ののれんをくぐった三人を招き入れると小夏はカウンターで仕込みをしていた母、家村春子に声をかけていた。振り返った春子は、軽く手を上げているランを見ると笑顔を浮かべた。


「ランさんついに本異動?」


「ええまあ、春子さんこれからもよろしく」


「ちっけえから気付かなかった……うげ!」 


 余計なことを言ったかなめが腹にランのストレートを食らって前のめりになる。


「それより誰か先に着てるんじゃねーのか?」 


「ええ、マリアさんが来てますよ。それと……」 


 春子はそう言うと入り口に目をやった。携帯端末を手に持ったポーチに入れようとする明華がいる。


「ああ、着いたんだな。隊長はもうすぐ着くそうだ。それと茜はパーラ達の車に便乗するはずだったけど車がないと面倒だから自分の車で来るそうだ。それで吉田だが……」 


 そこまで言うと、明華は急いで二階に駆け上がる。誠達もその後に続いた。


「はーあ、勘弁してくれます?」 


 いつものように吉田が宴会場の窓から顔を出している。その額にはマリアのバイキングピストルが押し付けられていた。


「くだらないことをするもんじゃないな」 


 マリアはそう言うとすぐにジャケットの下のホルスターに銃をしまった。


「マリアあんたねえ……それと吉田。あんまりふざけてばかりいたらひどい目合うぞ。一応、神前達の上官なんだから。ちゃんと見本になるような態度をとらないとな」 


 そう言って明華は空になったマリアのグラスにビールを注ぐ。


「気のつかねー奴だな」 


 そう言ってランは誠を見上げる。誠は飛び上がるようにして明華のところに行って、彼女からビール瓶を受け取ろうとする。


「いいよ、本当に」 


「でも一応、礼儀ですから」 


 そう言って遠慮する明華から瓶を受け取ると、明華が手のしたグラスにビールを注いだ。


「オメーラも座れよ。隊長達が来たらそん時に乾杯やり直せばいいだろ?」 


 自然と上座に腰をかけたランがそう言って一同を見回す。窓から入ってきた吉田とシャムが靴を置く為に階段を降りるのを見ながら、誠とかなめ、そしてカウラは明華の隣の鉄板を囲んで座った。


「それじゃあ、皆さんビールでいいかしら?ああ、カウラさんは烏龍茶だったわよね。それとかなめさんはいつものボトルで……」 


 そう言って春子はランを見た。


「いいんじゃねーの?」 


 そう言って頷く上座で腕組みをして座っている幼く見える上官をかなめとカウラは同じような生暖かい視線で見つめる。


「なんだよその目は」


「別に……」


 かなめの視線に明らかに不愉快そうにランはおしぼりで手をぬぐいながらそう言った。 


「おう、着いたぞ!」 


 そう言って階段を上がってきたのは嵯峨だった。続いてくる茜はいつもどおり淡い紫色の地に雀が染め抜かれた着物を着て続いてくる。


「茜。和服で運転は危ねえだろうが」 


「ご心配おかけします。でもこちらの方が慣れていますの」 


 そう言うと茜はランの隣に座る。嵯峨もランが指差した上座に座って灰皿を手にするとタバコを取り出した。


「あの、隊長」 


 カウラが心配そうに声をかける。


「ああ、お子様の隣ってことか?わかったよ」 


 そう言うと嵯峨はタバコをしまった。ランはただ何も言わずにそのやり取りを見ていた。

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