第252話 食えない娘
「でもまあ、なんで連れて来たんだ?一応保護動物だぞ、こいつも」
カウラの声にシャムの目に涙が浮かぶ。
「この子のお母さんの熊太郎ね、大怪我しちゃったの。今年は雪解けが早かったから、冬眠から覚めたらなだれにあったみたいで自然保護官に助けられてリハビリが必要なんだって。そのお見舞いに行ったらこの子を頼むって熊太郎が言うからそれで……」
シャムはそう言うと泣き出した。ぼんやりとその場にいた面々は顔を見合わせる。
「オメエ熊と話せるのか?」
血を拭い終わったかなめがシャムに尋ねた。
「お話はできないけど、どうして欲しいかはわかるよ。グレゴリウス。この人嫌いだよね」
「ワウー!」
シャムの言葉に合わせるようにグレゴリウス16世はうなり声を上げてかなめを威嚇する。
「おい、シャム。嫌いって聞くか?普通……」
かなめが引きつった笑顔のままじりじりとシャムに迫る。だが、かなめの手がシャムに届くことは無かった。顔面めざし突き出されたグレゴリウスの一撃が、かなめを後方五メートル先に吹き飛ばす。
「西園寺さん!」
さすがに誠も飛ばされたかなめの下に駆け寄った。
「ふっ、いい度胸だ」
そう言ってかなめは口元から流れる血を拭う。
「あのー、そんな格闘漫画みたいなことしなくても良いんじゃないの?」
呆れたようにアイシャがつぶやく。立ち上がったかなめの前では、ファイティングポーズのシャムがグレゴリウス16世と一緒に立っている。
「ふっ。アタシの機嫌が良かったのは運が良かったな。神前!行くぞ」
そう言うとかなめはそのまま隊舎を目指す。
「珍しいじゃないか、西園寺がやられるだけなんて」
カウラはニヤつきながらエメラルドグリーンの髪を手でかき上げる。
「アタシもあいつと違って餓鬼じゃねえからな」
「私が止めなきゃそのまま第二ラウンドまでやってたんじゃないの?」
かなめはアイシャの言葉をごまかすように口笛を吹く。そんな彼らの前に金属バットやバールで武装した整備班の面々が顔を出した。
「お帰りなさい!」
そこに野球のヘルメットに金属バットを持ったレベッカの声が響いた時、再びかなめの顔が明らかに不機嫌そうになり誠は一歩遅れて歩くことにした。
レベッカ・シンプソン中尉。アメリカ海軍から出向してきている技術将校である。今では本来の整備班長の島田正人准尉が第四小隊の担当としてベルルカン大陸に派遣されている為、彼の変わりに整備班長の代理を務めていた。
不機嫌そうなかなめを見て緊張していた彼女だが、先発していた技術部員がシャムと熊が遭遇したことを知らせると緊張した面持ちがすぐに緩んでいくのが分かる。
「なんだか今日は会いたくねえ奴ばかりに会うな」
明らかにレベッカを見て表情を曇らせながらかなめはその隣をすり抜けようとする。しかし、レベッカはその明らかに邪魔な大きさの胸を見せ付けるようにして手に持ったかごをかなめに差し出した。明らかにそれを見て青筋を立てているかなめに冷や汗を流す誠とアイシャだが、レベッカはまるでかなめの表情には気にかけていないというようにそこから卵を一つ取り出した。
「シャムさんが連れてきた遼央地鶏の茹で卵ですよ。食べませんか?」
そこですぐさま誠とアイシャはレベッカからかごを奪い取って卵を手に取る。
「ああ、私大好物なの!卵。はあ……」
「僕も大好物で……もう殻ごと塩もかけずに食べちゃうくらい!」
とりあえずレベッカとかなめの間に二人で入ってかなめが切れないようにする。殻ごと口に含んだおかげであちこち口の中が切れるのを感じるがかなめの威圧感に耐えられずに二人はそのまま噛み続ける。
「ああ、そうですねお塩が無いと。取ってきますね!」
そう言うとレベッカは整備班の控え室に消えていった。
「あのなあ、アタシだって誰彼かまわず喧嘩売るわけじゃねんだよ。それに誠。口から血が出てるぞ」
そう言うとかなめはそのまま事務所に繋がる階段に向けて歩き始める。誠とアイシャは目を白黒させながら口の中の卵を殻ごと噛み砕いた。
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