第215話 挨拶代わりのドタバタ騒動
「遅くなりました」
警備部部長のマリア・シュバーキナ少佐の声が響く。続くのはロナルド・スミス・Jr特務大尉、ジョージ・岡部中尉、フェデロ・マルケス中尉。そして遠慮がちに入ってくるのはレベッカ・シンプソン技術中尉だった。
「おい!眼鏡っ子!」
周りを気にしながら一人部屋に入るのを躊躇しているレベッカにかなめが声をかけた。
「私ですか?」
「他に誰がいるんだよ。ここ座れ!」
かなめはそう言うと自分の隣の座布団を叩く。
「でも……」
明らかに困惑してレベッカは周りを見回す。酔ったかなめに何を言っても無駄だと知っている古株の隊員達はそちらには口を出さずにそれぞれ歓談していた。レベッカは助けを求めるようにロナルドに視線を投げたが、ロナルドは複雑な表情で嵯峨と話し合っていてレベッカを見る様子はなかった。岡部とフェデロは噂くらいは聞いているらしく、かなめの一にらみで目を反らすことを決めると黙ってもつをつつくことに集中していた。
「でもじゃねえ!一応アタシが上官だ!上官命令って奴だ」
元々たれ目のかなめがさらに目じりを下げながら叫ぶ。
「じゃあ、すみません」
そう言いながらレベッカはパーラの後ろをすり抜けてかなめの隣の座布団に腰をかけた。
「畳の暮らしにゃ慣れてねえか?」
「ええ、一応……」
恐る恐るレベッカはかなめを見つめる。その様子を見ながらかなめは上機嫌にテキーラを煽る。
「まずどれで行く?」
そう言うとかなめはウィスキー、テキーラ、ラムの三本の酒瓶をレベッカの前に並べて見せた。
「どれがいい?」
さらにそう言いながらにじり寄るかなめにレベッカは眉をひそめる。
「私は……ビールでいいです」
「遠慮するなよ」
かなめの手がレベッカの肩をつかんだ。レベッカは怯えるように低く声を上げる。
「仕方ねえなあ……ビールで良いんだな?パーラ、一本取ってくれ。それにコップも!」
そう頼みながら今度は顔を近づけるかなめ。レベッカは怯えたようにあたりを見回す。
「西園寺さん。止めた方が良いですよ」
先程の酒で多少いつもの貧弱な神経が強化されている誠は自分でも不思議に思えるほど自然にかなめを止めていた。しかし、かなめにはその言葉は逆効果だった。
「神前!一体何を止めるんだ?こう言う事か?」
かなめの右手がレベッカの胸に伸びる。
「あ!」
思わずアイシャが吹いた。カウラの烏龍茶の入ったコップを握る手に力が入る。
「だからそれを止めろと……」
「だってぷにぷにして気持ち良いぜ!」
かなめの大声が部屋に響く。他のテーブルの隊員の表情は明らかに一つの言葉で説明がついた。
『またか』
そう思った彼等はそのまま誠の座るテーブルから視線をそらした。
「いいだろ?カウラ。おい、アタシの胸も触って良いぞ」
そう言ってレベッカの手を握ると自分の胸に当てる。
「西園寺!」
いつの間にかかなめの隣まで歩いてきた明華がレベッカからかなめを引き剥がす。
「これ没収!」
そう言ってかなめの前のボトルを次々と取り上げる。
「姐御!勘弁!マジで!」
少しろれつが回っていないかなめを明華が見下ろしている。さすがに悪乗りが過ぎたと言うようにかなめはレベッカから手を放した。
「ごめんねレベッカ。コイツ変態だから」
「姐御酷いですよ!」
そう言いながらコップに残ったテキーラを飲み干すかなめ。それを聞いていた誠の視界が急激に狭まってくる。
「そう言えばもう一人の問題児が……、大丈夫?」
明華の声が耳の奥で響く。轟音が誠の頭を襲っていた。
「いつもこんな感じなんですか?」
恐る恐るずれた眼鏡を直しながら、レベッカが尋ねた。
「まあそうね。こんなもんじゃないの?ねえ、アイシャ」
「まあそうですね。いつもこんなものじゃないですか?」
「確かにこういうものだ」
ゆっくりと烏龍茶を飲みながら、カウラはモツをつつく。
レベッカは笑いを浮かべようとしていたが、完全に目の座ったかなめに見つめられているので、引きつった頬は不器用な笑顔しか作れなかった。ふらふらと頭を左右に傾けながら誠は意味もなく箸でキャベツをつついていた。彼がテキーラが入ったコップに手を伸ばすと、そのコップを明華が奪った。
「あんたも懲りないわね。もうぐだぐだじゃないの!」
「大丈夫ですよ。平気ですから」
そう言いながら首がくらくらと回っているのは誠自身もよくわかっていた。
「どこが大丈夫なの?じゃあ、ビールにしましょう」
そう言うと明華はレベッカの前に置かれた瓶を手に取った。
「ビールなら、大丈夫です」
誠はすばやく明華から瓶を奪うと、そのままラッパ飲みをはじめた。
「何するのよ!神前!」
慌てる明華だが、遅かった。
「おっと!ここで神前の新歓一気か!」
かなめがはしゃぎだす。その言葉を聴いて島田とサラが立ち上がって騒ぎ出す。顔をしかめる明華をよそにビールを飲み終えた誠はふらふらと瓶を小脇に抱えた。そして彼は自分の意識が閉じて行くのを味わっていた。
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