第214話 宴会、始まる

「ちょっと隊長!いつまで待たせる気ですか!」 


 階段からの大声。そこには明石に肩を押さえられながら不満そうに叫ぶ明華がいた。


「早く来すぎたのはお前等だろ?それに急な話だったから新入りの歓迎も出来なかったし」 


 すまなそうな顔をしながら嵯峨が手を合わせる。


「それなら連中が来たらもう一回乾杯すればいいじゃないの」 


 少し酔いが回っている明華の言葉に嵯峨は名案を聞いたとでもいうように両手を叩いた。


「その手があったな」 


 そう言うと嵯峨は吉田とシャムに目配せをした。


「じゃあそこに場所とってあるからさ。さっさと始めちまうか」 


 嵯峨が上座のもう一つのテーブルを指差す。明華はいつも通り、明石はどこか遠慮がちに席に着いた。


「えー、それでは皆さん」 


 ビールを注ぎなおしたグラスを掲げる嵯峨。一同もビールやウーロン茶を掲げる。


「このたび、ようやく明石の奴が覚悟を決めて人生の墓場に転落することになりました」 


 そこまで言って嵯峨は隣のテーブルを見た。明華がきつい視線を嵯峨に送っている。


「まあいいや、とにかくめでたいので乾杯!」 


 いつものことながら短い一言で嵯峨の挨拶は終わる。それと同時に一同がグラスを合わせる。シャムはクラッカーを鳴らし、どこから持ってきたのか島田が太鼓を叩いている。


「ごめんね!遅くなっっちゃったわね」 


 そう言いながら入ってきたのは運用艦『高雄』艦長の鈴木リアナだった。


「本当におめでとう!明華!」 


 サラが慌てて注いだ烏龍茶のグラスを明華に向かってリアナが掲げる。


「リアナ。あなた健一さんの実家にいたんじゃなかったの?」 


「馬鹿ねえ!そんなこと気にしなくていいわよ。二人の仲じゃないの!」


 不思議そうな視線を投げる明華にリアナは笑顔で答える。


「さあ、めでたい席ですからね。たくさんお食べになってください」 


 そう言いながら春子と小夏がもつとキャベツが乗った皿を運ぶ。その様子を見るとかなめはすばやくテーブル中央の鉄板に火を入れる。


「明華、飲んでね」 


 グラスにまだ半分以上ビールが残っていると言うのに、リアナは瓶を持ったまま待機している。


「鈴木さん。ワシ等もうかなりできあがっとるんで……」 


「大丈夫よ!大きいんだから。明石さんが飲めばいいじゃない」 


 そう言うとリアナは空になっていた明石のグラスにビールを注ぎ始めた。


「そう言えば姐御にはお世話になってるからな」


 するすると明華に近づいてかなめがビール瓶を差し出す。 


「おい、西園寺。なにかたくらんでいるな」 


 明華はそう言いながらもグラスをかなめに差し出す。


「止めとけばいいのに。誠ちゃんもう空けたの?じゃあ私が注いであげる」 


 どこかしら挙動不審なかなめを見ながらそう言うと、アイシャが誠にビールを注いでやった。


「加減しておけよ。また誠が暴走したら私は知らないからな」 


 そう言いながらカウラは手をかざして鉄板の具合を見ている。


「なんだ、まだ始めて無いのか?仕方ねえなあ」 


 戻ってきたかなめは、すぐさまもつとキャベツを鉄板の上に広げる。他のテーブルの鉄板でも同じようにタレをつけられたもつが焼かれ、肉の焼け

る香ばしい香が部屋に満ちてくる。


「おい、小夏!アタシのボトル持って来いや!」 


 叫ぶ先の小夏はあからさまに嫌そうな顔をしながら階段を下っていく。 


「貴様また小細工して神前を潰す気か?」 


「なに怖い顔してるんだよ。姐御の門出にそんなことしたらどうなるかアタシでも判るよ」 


 かなめが残っていたビールを飲み干す。その隣ではアイシャがニヤニヤしながらかなめを見つめていた。


「気持ち悪いな。アイシャ、先に言っとくがコイツはアタシの部屋じゃなんにもしてねえからな」 


「何か言ったかしら?私」 


 アイシャはグラスを持って一口飲む。そして、すぐさま誠のコップが空だとわかると手近なビール瓶を持って誠に差し出した。


「調子に乗るなよ、アイシャ」 


 カウラは叱るような調子でアイシャをにらむ。だが、誠にはアイシャの酒を拒む勇気はなかった。黙ってその有様を見つめながらパーラは一人で鉄

板の上を切り盛りしていた。


「おい、外道!持って来たぞ」 


 小夏がぞんざいにかなめの前にウィスキーとラム、それにテキーラのボトルを並べた。


「いいねえ、こう言うささやかな幸せっていう奴を大事にしたいもんだ」 


 そう言いながらかなめはグラスにビールがまだ少し残っていると言うのにテキーラを注ぐ。


「出来ましたよー!」 


 パーラが声を上げると同時にアイシャがキャベツをモツのタレに絡ませて手元の皿に集めた。


「キャベツ取り過ぎだろ!アイシャ!」 


 かなめが自分の皿を席に持ち帰ろうとするアイシャに難癖をつけた。


「え?そう?いつもは野菜はいいから肉食わせろって騒ぐ癖に」 


「じゃあ私はこれをもらうか」 


 カウラはそう言うと大き目のもつの塊を箸でつかむ。手元のもつを見つけると、誠も箸を伸ばす。


「神前。お前も飲め!」 


 コップに半分以上注いでいたテキーラを飲み干し、ウィスキーに手を伸ばしたかなめが、そのまま誠のコップを奪い取るとそのまま注ぎ始めた。


「だからそれを止めろと言うんだ!」 


「だって注いじまったからな!ささ、ぐっとやれ!」 


 勢いだった。誠は言われるままに喉にしみるウィスキーを一息で飲み干した。


 喉を焼くウィスキーのアルコールに誠は顔をしかめる。カウラは心配そうに見つめている。


「飲みましたよ!」 


「おお、いいじゃねえの!さあ次だ」 


 そう言うと誠の手からコップを奪い取り、今度はラムを注ぎ始めた。


「貴様等、いい加減にしろ……」 


「こうなったらもう駄目でしょ。ああ、やっぱり鉄板で焼いたキャベツはおいしいわ」 


 手を出そうとするカウラと無視を決め込むアイシャ。


「次、行くわよ」 


 パーラは残ったもつを自分の皿に移すと、またモツとキャベツを鉄板に拡げる。誠は景色が回り始めるのを感じていた。


「本当に大丈夫なのか?」 


 声をかけるカウラの声に少しばかりためらいが感じられるのは、誠の顔の色が変わってきているからだろう。かなめに渡されたコップを一度テーブルに置くと、誠はパーラが盛り付けてくれたモツに取り掛かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る