第191話 間抜けな襲撃者

「おい、カウラ」 


 ふざけていたかなめの目が急に光を失ってにごったような表情を浮かべた。


「わかっている。後ろのセダン」 


 信号につかまって、止まった車。誠が振り向けばその運転席と助手席にサングラスをした男の姿が映っていた。


「どこかしらね」 


 アイシャは小突かれた頭をさすっている。


「捲くか?」 


「いや、どうせ行き先はご存知だろうからな。アイシャはこれを使え」 


 そう言うとかなめは自分のバッグからコンパクトなサブマシンガンを取り出した。


「あきれた。こんなの持ち歩いてたわけ?」 


 アイシャは受け取ったサブマシンガンにマガジンを差込んで眺めている。


「ケダールサブマシンガン。とりあえず持ち歩くには結構便利なんだぜ」 


「私はこう言うのは持ち歩かないの」 


 そう言いながらもアイシャはボルトを引いて初弾を装填する。


「神前、ダッシュボードを開けてくれ」 


 運転中のカウラの指示に従って、ダッシュボードに入っているカウラの愛用のSIGザウエル226ピストルを取り出す。


「西園寺、どこで仕掛けるつもりだ」 


「次のコンビニのある交差点を左だ。ウィンカーは直前で出せよ。捲こうとする振りだけしとけ」 


 かなめはそう言いながら、昼間弾を撃ちきった愛銃XD40のマガジンに一発、また一発とS&W40弾を装填している。


 カウラは急にウィンカーを出し、すばやくハンドルを切る。後ろのセダンは振り切られまいと、タイヤで悲鳴を上げながらそれに続く。


 細い建売住宅の並ぶ小道。カウラはこの道には似合わない速度で車を走らせる。後ろのセダンは振り切られまいと速度を上げるが、カウラはすばやくさらに細い小道に入り込む。


 一瞬タイミングをずらされて行き過ぎたセダン。その間にもスポーツカーはくねり始めた時にねぎ畑の見える道を爆走する。


「この道だと行き止まりますよ!」 


 誠が叫んだ。しかし、三人はそれぞれ手にした銃を眺めながら、まるでこれから起きることがわかっているかのように正面を見つめている。


 東都都立豊川商業高校が見える路地でカウラは車を止めた。そして誠はカウラのハンドサインで車を降りていかにも楽しそうなかなめ達に連れられて藪に身を潜める。


 サングラスの二人の男は車を降りた。目の前のスポーツカーには人の気配が無い。


「とりあえず確認だ」 


 助手席から降りた男は、そう言うとそのままスポーツカーのシートを確認するべく駆け寄った。エンジンは切られてすぐらしく、熱気を帯びた風が頬を撫でる。二人は辺りを見渡す。明かりの消えた高校の裏門、ムッとするコンクリートの焼ける匂いが二人を包んでいた。


 とりあえず確認を終えた二人が車に戻ろうとした時だった。


「動くな」 


 カウラの声に振り向こうとする助手席の男の背中に硬いものが当たる。相棒はかなめに手を取られてもがいている。


「そのまま手を車につけろ」 


 指示されるままに男はスポーツカーに手をつく。


「おい、どこのお使いだ?」 


 右腕をねじり上げられた運転手が悲鳴を上げる。


「かなめちゃんさあ。二、三発、腿にでも撃ち込んであげれば、べらべらしゃべりだすんじゃないの?」

 

 サブマシンガンを肩に乗せたアイシャが、体格に似合わず気の弱そうな表情を浮かべる誠を連れてきた。


「それより神前。せっかく叔父貴からダンビラ受け取ったんだ。試し斬りってのもおつじゃないのか?」

 

「わかった、話す!」 


 スポーツカーに両手をついていた男がかなめの言葉に驚いたように、背中に銃を突きつける緑のポニーテールのカウラに言った。


「我々は胡州帝国海軍情報部のものだ!」 


「海軍ねえ、それにしちゃあずいぶんまずい尾行だな。もう少しましな嘘をつけよ」 


 かなめはさらに男の右腕を強くねじり上げる。男は左手でもれそうになる悲鳴を押さえ込んでいる。


「本当だ!何なら大使館に確認してもらってもかまわない。それに尾行ではない!護衛だ」 


 両手をついている男が、相棒に視線を移す。


「それならなおのこともっとうまくやんな。護衛する相手に気づかれるようじゃ転職を考えた方がいいぜ」 


 そう言うとかなめは右腕をねじり上げていた男を突き放す。カウラは銃を収め、不服そうに眺めているアイシャを見た。


「上は親父か?」 


「いえ、大河内海軍大臣の指示です。西園寺かなめ様、神前誠曹長の安全を確保せよとの指示をうけて……」 


 安心したようにかなめはタバコに火をともす。


「紛らわしいことすんじゃねえよ。そう言うことするならアタシに一声かけろっつうの!」 


「かなめちゃんなら怒鳴りつけて断るんじゃないの?」 


 アイシャはサブマシンガンのマガジンを抜いて、薬室の中の残弾を取り出す。


「そんなことねえよ……アタシだって不安になる時あるし」 


 小声でつぶやいたかなめの言葉にカウラとアイシャは思わず目を合わせた。


「まあこの程度の腕の護衛なら私だって断るわねえ」 


 アイシャは取り出したサブマシンガンの弾をマガジンに差し込む。


「それじゃあもうちょっと揉んでやろうか?」 


 こぶしを握り締めるかなめを見て、後ろに引く二人。


「それくらいにしておけ。しかし、この程度では確かに護衛にはならんな」 


「そうよねえ。第三艦隊第一教導連隊の連隊長くらい強くなくちゃあ……」 


 軽口を叩くアイシャをかなめがにらみつけた。


「つまり、かえでを連れて来いってことか?」 


 かなめはタバコに手を伸ばす。


「わかってるじゃない!いとしの妹君にお姫様だっこしてもらってー……」


 またアイシャの妄想が始まる。呆れ果てたようにかなめの目が死んでいる。 


「アイシャ、灰皿がいるんだ。ちょっと手を貸せ!」 


 かなめはタバコに火をつけるとそのままアイシャの右手を引っ張って押し付けようとする。


「冗談だって!冗談!」 


 かなめの剣幕に笑いながらアイシャは逃げようとする。


「冗談になってないなそれは」 


「カウラ良いこと言うじゃねえか!そうだ、何だってあの……」 


 あきれている二人の男達に見守られながらカウラの顔を見るかなめだったが、そのまじめそうな表情に

思わず肩を押さえていたアイシャに逃げられる。


「それにかえでさんのうちへの配属は時間の問題みたいだからね」 


 アイシャは笑っている。


「……マジかよ」 


「今頃気づいたのか?今日来た米軍からの出向人員は『第四小隊』の要員としてうちに来たわけだ。現在うちの実働部隊は第二小隊までしか存在しない。つまり、すでに書類上は第三小隊が存在していることになる」 


 カウラの言葉にかなめはくわえていたタバコを落とす。


「ちょっと待て!だからと言って……あの揉み魔がうちに来るっていう証拠にはならねえだろ?」 


 かなめは今度はアイシャを見つめる。かなめは絶望していた。その先には貴腐人と呼ばれるアイシャにふさわしい笑みがあった。


「うれしそうだな、オメエ」 


「別に……、それじゃあねえ君達は帰ってもいいわよ!あとは私とベルガー大尉が引き継ぐから」 


 かなめ達の会話にあきれていた海軍士官達は、アイシャの声を聞いてようやく解放されたとでも言うようにすごすごと車に乗り込むと路地から出て行った。


「それじゃあ行きましょう!」 


「ちゃんと話せ!ごまかすんじゃねえ!」 


 かなめの叫び声を無視して車に乗り込むカウラとアイシャ。仕方なくその後ろに誠は続いた。

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