第185話 食えないおっさん

 誰もいないと思っていた管理部の部屋に明かりが灯っていた。中を覗けば頭を下げ続けている菰田と、私服姿で書類を手にしながらそれを叱責している管理部部長、アブドゥール・シャー・シンの姿があった。


「すっかり事務屋が板についてきたな、シンの旦那」 


 横目で絞られている菰田を見てにやけた顔をしながらかなめがこぼす。実働部隊控え室には明かりは無い、そのまま真っ直ぐ歩くかなめ。隊長室の扉は半開きで、そこからきついタバコの香りが漂う。


「……例の件ですか?そりゃあ俺んとこ持ってこられても困りますよ。うちは探偵事務所じゃないんですから、公安の方に……って断られたんでしょうね、その調子じゃあ」 


「おい!叔父貴!」 


 ノックもせずにかなめが怒鳴り込んだ。電話中の嵯峨は口に手を当てて静かにするように促す。カウラ、茜、アイシャ、誠はそれぞれ遠慮もせずに部屋に入る。レベッカは少し躊躇していたが、誠達のほとんど自分の部屋に入るようにためらいの無い様を見て、続けて部屋に入りソファーに腰をかけようとするが、見ただけでわかる金属の粉末を見てそれを止める。


「……そんな予算があればうちだって苦労しませんよ。わかります?それじゃあ」 


 嵯峨は受話器を置いた。めんどくさい。嵯峨の顔はそういう内容だったと言うことを露骨に語っているように見えた。


「東和の内務省の誰かってとこだろ?」 


 部屋の隅の折りたたみ机の上に並んでいる拳銃のスライドを手に取りながらかなめが口を出した。


「まあそんなとこか。さっさと帰れよ。疲れてんだろ?」


 そう言って嵯峨は浅く座っていた部隊長の椅子の背もたれに体を投げる。そのやる気の無い態度にかなめが机を叩いた。困ったように嵯峨は眉を寄せる。鉄粉でむせる誠を親指で指差してかなめが叔父である嵯峨をにらみつけた。

 

「じゃあ、こいつが疲れてる理由はどうするんだ?」 


 かなめが誠を指さした。またいつもの叔父と姪の決まりきった喧嘩が始まった。そう言う表情でアイシャはため息をついている。


「俺のせい?」 


 そう言って嵯峨は頭を掻く。アイシャ、カウラ、そして茜も黙ったまま嵯峨を見つめている。


「どう言えば納得するわけ?」 


「今日襲ってきた馬鹿の身元でもわかればとっとと帰るつもりだよ」 


 かなめは机に乗っていた拳銃のスライドを手に取る。彼女は何度も傾けては手で撫でている。嵯峨は頭を掻きながら話し始めた。


「たしかにオメエさんの言うことはわかるよ。誰が糸を引いているのかわからない敵に襲われて疑問を感じないほうがどうかしてる。しかも明らかにこれまで神前を狙ってきた馬鹿とは違うやり口だ」 


「そうだよ。今度のは誠の馬鹿や叔父貴と同じ法術使いだ。しかもご大層に『遼州を解放する』とかお題目並べての登場だ。ただの愉快犯やおつむの具合の悪い通り魔なんぞじゃねえ」 


 かなめはそう言いながら拳銃のバレルを取り上げリコイルスプリングをはめ込み、スライドに装着する。


「予想してなかった訳じゃねえよ。遼州の平均所得は例外の東和を除けば地球の半分前後だ、結局は世の中金だ。分け前が少ないことで不穏分子が出てこないほうが不思議な話と言えるくらいだからな」


 そう言うと伸びをして大きなあくびをするのがいかにも嵯峨らしく見えた。 


「そう言うこと聞いてんじゃねえよ。明らかに法術に関する訓練を受けたと思われる組織がこちらの情報を把握した上で敵対行動を取った。そこが問題なんだ」 


 かなめはそのまま嵯峨の机のそばに行って中の部品を手に取る。いくつか机の上に置かれた拳銃のフレームから、手にしたスライドにあうものを見つけるとかなめはそれを組み上げた。


「つまりだ。アタシ等も知らない法術に関する知識を豊富に持ち、さらに適正所有者を育成・訓練するだけの組織力を持った団体が敵対的意図を持って行動を開始しているって事実が、何でアタシ等の耳に入らなかったかと言うことが聞きたくてここに来たんだよ!」 


 かなめは拳銃を組み上げてそのままテーブルに置いた。かなめの手が嵯峨の机を再び叩いて大量の鉄粉を巻き上げることにならなかったことに誠は安堵する。


 嵯峨は困ったような顔をしていた。誠はこんな表情の嵯峨を見たことが無かった。常に逃げ道を用意してから言葉を発するところのある隊長として知られている。のらりくらりと言い訳めいた言動を繰り返して相手を煙に撒くのが彼の十八番だ。だが、かなめの質問を前に明らかに答えに窮している。


「どうなんだ?心当たりあるんじゃねえのか?」 


 かなめがさらに念を押す。隊長室にいる誰もが嵯峨の出方を伺っていた。誠を襲った刺客。前回は嵯峨が吉田に命じて行った誠の情報のリークがきっかけだった。そんな前回の事情があるだけに全員が嵯峨を不信感を漂わせつつにらみつけていた。

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