第156話 憂鬱な雰囲気の中で

 誠達の意思とはかかわり無く、大皿に乗った魚料理が並べられ、饗宴は続いた。しかし、誠にはどうもしっくりしなかった。かなめはさすがに手馴れた調子で黙々と食事をし、それなりに楽しんでいるように見えた。カウラも誠と同じくこのような席には似つかわしくない自分に気がついたようで、言葉も出ずに食事を続けている。アイシャはかなめに対抗心を持っているのか、かなめの作法をワンテンポ遅れて真似しながらフォークとナイフを動かしている。


「誰か話せよ。つまんねえじゃねえか?」 


 かなめは言葉ではいつもの調子に戻っているが、その優雅で手馴れた所作はいつもの彼女とは明らかに別人のそれのように見えて、誠は呆けながら見とれていた。


「なんだ、神前。アタシの顔になんかついてるか?」 


 珍しそうな誠の視線に気づいたかなめから目を反らす。それを見るとかなめは静かにナイフとフォークを動かして食事を続ける。


「気味が悪いんじゃないの?アンタがそうやってお上品に食事をしている様が!」 


 アイシャがわざと嫌味をこめてかなめに食って掛かる。


「そんなこと無いですよ!楽しんでますよ、なんと言ってもこの鯛のマリネとか……」 


 そう言って誠はかすかにレモンの香る鯛のマリネを口に放り込んだ。味は悪くない。それ以上に誠はかなめの機嫌が気になっていた。


「それならいいがな」 


 かなめはそう言うと隣の席の面々のほうを見た。島田はサラやエダに向かって法螺話を続けていた。キムは時々毒のある相槌を打ち、そのたびに鈴木夫妻は楽しげに笑っている。


「食事はああいう風にするもんだぜ。誠、アニメの話でもいいからなんか気の聞いたこと言えよ」 


 かなめのそんな言葉に少しばかり寂しげなところが見えて、誠は胸が詰まった。


「そんな急に言われても……」 


「そう言えば今週の『魔法少女エリー スマッシュ!』録画予約してきたの?」 


 気を利かせてアイシャが話題を振ってくれた。ようやく苦行のようなナイフとフォークを使っての食事に飽きていた誠はすぐにそれに食いついた。


「当たり前じゃないですか。それに明日発売のアニメ雑誌は全部予約してきましたから」 


 そう言ってちらりとかなめの表情を見る誠。自分の付いていけない話に明らかに不機嫌な様子が見て取れた。アイシャもそれを読み取ってか、少しばかり白々しい笑いを残すと、皿に残っていた千切りにされた野菜を口に運んだ。


「良かったじゃねえか。帰ったらアタシに見せろよ」 


 かなめは静かにそう言うとグラスに残った白ワインを飲み干した。そしてそのまま機先を制してアイシャをにらみつける。突っ込みを入れようとしてタイミングを逸したアイシャはそのまま添え物の野菜を口に運んでごまかした。


 デザートの皿がテーブルに並んだ時にはすでに誠とカウラは疲れきっていた。静々とスプーンを使うかなめの機嫌を損ねないよう、ゆっくり、丁寧に指先に全神経を集中してライムの香りがたなびくアイスクリームを食べる二人。


「あーあ。やっぱりシャムちゃん達のとこ行けばよかったかしら」 


 そうつぶやいたアイシャをかなめがにらんでいる。


「奴等は海岸べりの宴会場でステーキメインのドンちゃん騒ぎか?明日の昼も肉を食べるんだからだから飽きるんじゃないか?」 


 彼女なりの気の使い方とでも言うような調子でカウラがアイシャをたしなめる。


「神前。お前はどうなんだ」 


 うつむき加減に低い声でかなめはそう言った。どこかさびしげに見えるかなめの面差しに誠の胸が締め付けられる。


「僕はこういうの初めてですから、いろいろ参考になりましたよ」 


「そう言うこと聞いてんじゃねえよ。楽しいかどうかって……」 


 大きくため息をつくかなめの前から皿が下げられていく。そしてしばらく沈黙が支配することになる。


「そんなの聞くまでも無いんじゃないの?」 


 差し出された食後のコーヒー。静かにそれを口に運びながらアイシャが呟く。その挑発的な言葉に、かなめの肩が震えていた。

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