第五章 出発

第143話 お出かけと部隊編成

「良い天気!」 


 ハンガーの前で両手を横に広げてシャムが走り回る。彼女と言うとおり出発の日は晴天だった。シャムはお気に入りの戦隊モノのプリントがされたタンクトップにデニムの半ズボンと言う格好である。さすがに旅行と言うこともあって毎度おなじみの猫耳はつけていなかったが、それでもシャムはどう見ても小学生にしか見えなかった。


「あの、西園寺さん。あの人、本当に三十過ぎなんですか?」


 誠はシャムを指差してかなめに尋ねる。シャムが活躍した遼南内戦から逆算すればそうなるとは理解していても誠にはその現実は受け入れられなかった。 


「まあオメエのお袋よりは年下なんじゃねえの? どっちも実年齢は信じられねえけどな」 


 かなめはシャムのそのはしゃぎぶりを眺めて呆れていた。彼女はいつも通り黒いタンクトップにジーパンと言うラフな姿だった。誠も無地の水色のTシャツ。痛い格好はするなと寮長の島田から釘を刺されていたからこそのチョイスだった。


「シャムちゃん!そこにバス停めるからどいてね!」 


 淡いピンク色の髪に白いワンピース姿で心持ちお腹のあたりが膨らんで見えるリアナと、その後ろで健一が荷物を抱えながらついてくる。


「そのまま!ハンドル切らずにまっすぐで!」 


 そう叫んでいるのは青いTシャツを着た整備班の最年少の西高志だった。いつもこう言うときに気を利かせる彼の機転に誠は感心しながらその後姿を眺めていた。


「もっとでかい声出せよ!真っ直ぐで良いんだな!」 


 サングラスをかけてバスの運転席から顔を出しているのは島田だった。電気式の大型車らしく静かに西の誘導でバックを続けている。


「随分本格的ですねえ……レンタルですか?」 


 エメラルドグリーンの髪に合わせたような緑色のキャミソール姿のカウラに誠は声をかけた。


「備品には出来る値段じゃないだろ?去年は二台バスを借り切ったが、今年は一台で済んだな」


 あっさりとそう言うカウラの横顔を見つめて目を見開いて誠は驚いた。 


「それってほとんど隊が空っぽになるんじゃないですか?まだ準備段階で今より人数も少なかったって話ですし……」


 誠は驚いて見せるがかなめもカウラも当然と言うような顔をしている。


「去年は機体も無い、機材も無い。することも無いって有様だったからな。それに整備班の参加者が少ないのは第四小隊の噂が本当みたいだからな。その準備とか色々あんだろ?」 


 かなめがポツリとつぶやいた。


「第四小隊?第三が先じゃないんですか?」 


「第三小隊は選抜は終わったが、同盟会議の決済がまだ下りないそうだ。そこで同時進行で進んでいた第四小隊の増設が来月の頭にあるらしい」 


 カウラは穏やかに答える。目の前ではバスの止める位置をめぐり西がもう少し寄せろと言い出して島田と揉め始めていた。


「そうなんですか?……でもなんで第三小隊の増設が出来ないんですか?」


 そんな誠の疑問だが、かなめもカウラも逆に不思議そうに誠を見つめてきた。 


「あんまり叔父貴に力が集まるのが面白くねえんだろうな、上の連中は。それに第三小隊の隊長は……予定ではあのかえでだからな。それに法術捜査局が来月立ち上げだ。その主席捜査官が……」 


 そこまで言うとかなめはにんまりと笑って西と一緒に島田をとっちめはじめたサラを見ながら笑顔を浮かべる。


「隊長の娘の嵯峨茜弁護士ですか……でもかえでさんて?」


「アタシの妹だ」


 かなめは吐き捨てるようにそう言った。


「西園寺さんの妹?」


「相当な変人らしいわよ」


 誠の耳元でリアナがささやく。誠はそう言うと気分を整理しようとハンガーを覗き込んだ。パラソルを抱えたキムがおそろいの南国風の絵柄のTシャツ姿のエダと共に現れる。早速、小走りで島田達に近づいてキムが仲裁を始める。だが島田は頑として折れようとしないようだった。


「まあ近藤事件は叔父貴が独断で仕掛けたところがあったからな。どこの軍や司法機関も法術と言う存在を意識した組織改革を行っているところだ。人材が欲しけりゃ自分で探せってことなんだろうよ。予算のかかるうちみたいなところに金や人材を出すならもう一山、二山、実績を上げてからにしろってことなんだろ」 


 かなめはそう言うとタバコを口に持っていく。ようやく止める位置をめぐる島田と西の争いが決着が付いたようで島田はそのまま窓を閉めてハンドルを離してバスから降りようとしていた。


「で、第四小隊の情報は掴んでるわけ?」 


 アイシャにこつりと後頭部を小突かれて思わずかなめがつんのめる。


「って! 何しやがる!」 


 『萌え』とプリントされたピンクのTシャツを着ているアイシャにかなめが向き直り身構える。隣にはお腹の辺りが開いた大胆な服を着ているパーラがスイカを抱えている。


「そう言うオメエはどうなんだ?」 


 後頭部をさすりながらアイシャを見上げるかなめだが、アイシャは余裕たっぷりに口を開く。


「そうねえ、遼南の米軍基地から輸送艦が一隻、新港に入ったらしいわよ。積荷はM10グラント」 


 頷いているカウラを見るとアイシャは話を続けた。


「M10は05式と互角にやれるとアメリカ軍が大見得を切った機体よね。それをわざわざウチの運用艦『高雄』の母港に運ぶってことは……」 


 相変わらずもったいぶって言葉を選ぶアイシャ。その態度がかなめを苛立たせている。


「第四小隊の面子の身元はアメちゃん……か。目的はうちの持っている神前や叔父貴の法術シュミレーションのデータとその運用ノウハウの確立とでも言うところか?」 


 苦々しいと言うようにタバコをふかしながらかなめはそう言うと大きく伸びをした。


「アメリカ軍?そんな。なんで地球圏から遼州同盟機構に……」


 誠はきょとんとしてかなめ達を見つめる。当然のように女性陣は呆れはてた視線を投げてくる。 


「馬鹿だな神前の。現状で法術適性の持ち主が圧倒的多数居住するのは遼州星系だ。アメちゃんがそこに目をつけないはずが無いだろ?それにアメリカ本国でも遼州系の移民による法術犯罪が相当数発生しているのは事実だからな。これまでは情報管制と上層部からの圧力で抑えられたが、それも限界が来たってことだ」 


 かなめはバスを見上げながらそう言って手にしたポーチからサングラスを取り出してかける。


「それだけじゃ無いだろうな。法術の軍事技術利用の研究が一番進んでいるのもアメリカだ。当然、東和の法術技術開発には関心がある。合法的にそれを監視できると言うところで同盟内部の譲り合いで空いた第四小隊の椅子を手に入れられるならそれもいいと思ったんだろ」 


 カウラの冷静な言葉に頷きながら誠は自分が発動させた『法術』のもたらした効果に我ながら驚きつつタバコをくゆらせるかなめに目をやった。


「銀河のパワーバランスはあの一件以来、大きく動いた。お前さんはそれだけのことをやったんだ。自信をもてや」


 かなめの言葉に誠は自然と苦笑いを浮かべていた。

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