第131話 嵯峨の用事

「じゃあ私も行こう」 


 かなめの挑発的な視線を胸に何度も喰らっていたカウラが立ち上がった。


「おい、洗濯板に何つける気だ?シャムとお揃いのスク水でも着てる方が似合ってるぞ」 


 豊かな胸を見せ付けてかなめは笑い飛ばす。その挑発に乗ってやるとばかりにカウラは睨み返す。大きくため息をつくと誠はカウラとかなめの間に立った。


「分かりましたから、喧嘩は止めてくださいよ」 


 どうせ何を言ってもかなめとカウラとアイシャである。誠の意見が通るわけも無い。だがとっとと収拾しろと言うような目で吉田ににらまれ続けるのに耐えるほど誠の神経は太くは無かった。そしてなんとなく場が落ち着いてきたところで思いついた疑問を一番聞きやすいリアナに聞いてみることにした。


「こんなに一斉に休んで大丈夫なんですか?」 


 白銀の髪と赤い目。普通に生まれた人間とは区別をつけるために遺伝子を操作された存在だと言うのに穏やかな人間らしい表情で、後輩達のやり取りをほほえましく感じて見守っている。そんなリアナが誠に目を向けた。


「知ってるでしょ?『近藤事件』での独断専行が同盟会議で問題になってるのよ。まあ結果として東都ルートと呼ばれる武器と麻薬の密輸ルートを潰す事ができて、なおかつ胡州の同盟支持政権が安定したのは良かったんだけど……。やっぱり隊長流の強引な手口が問題になったわけ。まあいつものことなんだけどねえ」 


「そうだったんですか」 


 誠が簡単に納得したのをかなめが睨みつける。


「どっかの馬鹿が法術使って大暴れしたせいなんだがなあ!」 


「助けられた人間の言う台詞じゃないな」 


 カウラの一言にまたもやかなめとカウラのにらみ合いが始まる。リアナは見守ってはいるが止める様子は無い。


「喧嘩はいけないの!」 


 シャムの甲高い叫びがむなしく響いた。


「クバルカと吉田はいるかー」 


 間の抜けた声の男。とろんとした寝不足のような目が誠の視界に入ってくる。司法局実働部隊隊長である嵯峨惟基(さがこれもと)特務大佐が入り口に突っ立っていた。


「俺等をセットで呼ぶなんて珍しいですね」


 吉田はようやくこの部屋から解放されるきっかけが出来たと喜んで立ち上がる。ランもようやくこの堂々巡りから解放されることにホッとした表情を浮かべて立ち上がった。 


「まあな。用事はそれぞれあるし……まず吉田は同盟司法局の稟議決裁システムのチェックの依頼が来てるぞ」 


 嵯峨の言葉に吉田の表情が不機嫌なものに変わった。嵯峨もそうなると予想していたようで頭を掻きながら手を目の前にかざして誤るようなポーズをした。


「あれかよ。使えないシステム作りやがったから俺が自力で要件定義からやり直したんすよ!今度は何を直すっていうんですか!まあ局長クラスからの指示でしょ?分かりました。じゃあ……」 


 吉田がアイシャを見つめる。珍しい吉田の真剣な表情に誠は噴出すのを抑えながら吉田を見守る。


「俺は絶対行かないからな!」 


 そう言うと早足で入り口で立ち尽くしている嵯峨を残して吉田が消えた。


「クバルカは俺の用事だ。ちょっと顔貸してくれねえかな。同盟司法局の本部で面接試験だとさ」


 重要なことをあっけらかんと言う嵯峨らしいその態度に一同は顔を見合わせる。


「面接……ですか?」 


 ランは豆鉄砲を食らったようにつぶやく。


「ああ、増設予定の実働部隊の隊員候補を選ばにゃならんだろ?元々部隊活動規模は四個小隊を基本に据えてあるんだから」 


 ランの顔を見て困ったような表情で嵯峨がそう言った。そしてようやく上司の意図がわかったのか、ランの表情が明るくなる。反応がわかりやすいランに誠はまた噴出しそうになってこらえるのに必死だった。


「ようやく同盟も重い腰あげたわけですか」 


 ランはうれしそうに立ち上がる。その視線はカウラに向けられた。


「大丈夫ですよこの場はなんとか収めますから」 


「そうか」 


 カウラのしっかりした声にランが大きくうなづく。そんな二人を不満そうに見つめているかなめに誠は思わずうつむいてしまう。


「そんじゃあ海、楽しんできてよ」 


 嵯峨は軽く手を振りながらランをつれて出て行った。

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